今回は、5歳の息子さんを育児中の上田ちまきさんのエッセイをご紹介します。
「はやく」って言った方が負けゲーム
わたし、やっぱり天才かな。
すんごいいいこと思いついちゃったよ。
「息子に『はやく』って言ったほうが、負けな」
わたしの突然の言葉に、夫は妙な顔をする。
「負けって何だよ」
「負けは負けだよ。夫とわたし、息子に『はやく』って言ったほうが負け」
「いいよ。オレも最近、息子に『はやく』って言いすぎかもって気にしてたから」
さすが、わが夫。飲み込みがはやい。
要は、息子をいかに急かさずに生活をまわすかということにチャレンジしてみようと。
時間に追われて焦ったり、待ちきるだけの忍耐力が足りなかったり、そういう自分たちへの戒めとして。ゲーム感覚でやってみるのはどうかということ。
もうね、子育てしてるとほんと毎日なんでこんなに生き急いでんだって自分で思うくらい息子に「はやく」「はやく」と言うことが多すぎて。
もちろん必要だと思うから口にしてるんだけど。
そんな自分がちょっといやだなって。
いくら気をつけようと思っても言っちゃう。頭で考えるより先に、言葉になって出ちゃう。
だけど、どうにかしたい。
どうすりゃいいって考えた結果が、これ。
夫を道連れにして。どうにか息子に「はやく」と言わない方向へ進みたい。
「負けたほうはどうなるの?罰ゲームとかする?」
夫もわりと乗り気らしく、そんなことを言う。だけど、わたしはもう決めてるんだ。
「負けたほうは、『負け犬』の烙印を押される」
「…やだなあ…」
気軽にはじめるチャレンジだけど、負けたときのリスクが地味に重い(わたしが考えたんだけど)。
息子に『はやく』と言い放った瞬間、その人物は、わが家のヒエラルキーの最下位として暮らしていくことを強いられる。
ゲームスタート
夫とそんな話をした翌朝。
起き抜けからご機嫌の息子。パジャマ姿のまま、お絵描きに興じている。
食卓には朝ごはんが並んだ。
夫婦で何度か誘うものの、筆がのっているのか「待ってー」と言うばかりで、息子が席に着く気配はない。
何度目かの「ごはんだよー」の次の瞬間、この穏やかな冬の朝のリビングに、その言葉が転がり落ちた。
「はやくおいでー」
言った!
わたしと夫は、目を合わせた。
頭を抱える夫。ほくそ笑むわたし。
その瞬間、夫は『負け犬』になった。
決着はあまりにも「はやく」ついてしまった。
夫は昨夜の話をすっかり忘れていて、言葉にした瞬間に思い出したのだという。
負け犬になった夫は言う。
「勝負は決まったけど、これ続けようよ」
わたしもその意見には賛成だ。
思いがけず、「はやく」というNGワードが存在したことで、息子に言葉をかける前に「考える」という隙ができた。急く気持ちがその一瞬、途切れる。
わたしが息子に「はやく」と言うとき、それまでの間にすこしずつ蓄積したストレスみたいなものが溜まりかねて、言葉になってあふれだすという感じで。
だけど、隙ができたことで、苛立ちが継続しない。イライラゲージが(すこしだけ)下がるような、そんなイメージ。
ゲームを通して見つけたもの
結局、今日わたしは3回、息子に「はやく」と言った。
翌日の保育園の準備を「はやくやっちゃいなよ」
お風呂に「はやく入ろうよ」
湯上りに「はやく服着なさいよ」
考えてみると、どれもこれも「はやく」という形容詞は必要がない。
準備しなさい、お風呂に入ろう、服を着なさい。それだけで十分だ。
言わなくていいんだな、と思う。「はやく」なんて。
これからすこしずつでも息子に「はやく」と言う回数を減らしたい。
夫といっしょに、面白がりながら変化していこう。
記事提供:上田ちまき
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