2019年9月のことだった。
空も暗くなりだした19時前。保育園からの帰り道、7ヶ月の娘を抱っこしながら、私は家に帰れずにいた。
今にも雨が降りだしそうな空の下で、ただ、ひたすらに歩いていた。
家の鍵はあった。
でも、家に帰れなかったのだ。
いつもなら家にいる時間。家にいて、娘をお風呂に入れ終わり、そろそろ授乳を始める時間。
なのに、気が付くと、隣駅まで歩いていた。空も真っ暗になっていた。
歩きはじめて、1時間半は経っていた。
その日、保育園のお迎えに行くまではいつも通りだった。いや、何なら家の前まで帰ってきていた。
家の前まで来ていたのに。
娘が寝たことによって、ずれるスケジュール
きっかけは、ささいなことだった。
保育園からの帰り道、家に着く直前、抱っこ紐の中で娘が寝たのだ。
家に着く直前で娘が寝たということは、家に帰ると起こさないといけない。
というか、抱っこで寝たので、抱っこ紐から下ろすと起きるだろう。そして、気持ちよく寝ていたところを起こされ、泣くだろう。
娘はまだ7ヶ月だった。
眠たいし、お腹もすいている状態。一日の中で、一番娘の機嫌が悪い時間帯だ。
そんな中で起こすと、服を脱がす間も、お風呂で体を洗っている間も、服を着せている間もギャン泣き。
そして、お風呂で目覚めちゃって、授乳後はなかなか寝ない。いつもなら19時20分頃に寝るところが、このパターンだと21時まで寝ない。
22時30分には再び起こして授乳するタイミングなのに。
「保育園からの帰り道、家の直前で娘が寝た」ことによって、この一連の流れが起きることが、ありありと想像できた。これまでも何回もあったからだ。
泣く娘とワンオペと
しかも、この時間にやらなきゃいけないことは、育児だけではない。同時並行で行った方が効率的な家事も山積みだ。
乾燥済みの洗濯物を洗濯機から取り出し、洗濯機のゴミをとり、朝起きたままの娘のまくらやシーツを交換し、保育園で着替えてきた、吐き戻したミルクがついている服を洗濯機に入れる前に手洗いし、汚れた食事用エプロンや何枚ものガーゼタオルを洗う…。
これらの家事を、育児と平行しながらやらなきゃいけない。そしてその間、寝起きの娘はギャン泣き。
これが、平日仕事帰りに2~3時間かかる。ちなみに私は、娘が寝るまで晩ごはんを食べる時間がない。
でも、問題はそこではない。
一番の問題は、この「娘をお風呂に入れ→服を着せ→母乳とミルクをあげ→絵本を読み→寝かしつける」という作業を、これを家事と同時並行で行っていく作業を、
一日の中で一番大変な作業を、
たとえ仕事でとても疲れていても、どんなに体調が悪くても、
「全て1人でやらなければならない」
ことだった。
ワンオペが続く未来に絶望した
当時、保育園のお迎え担当は、週4回が私だった。残りの1回は夫。
週1回、夫がお迎えの日は、私が19時に帰ってきていたので、家事はツーオペでできた。
片方が娘をお風呂に入れ、お風呂あがりからの着替えはもう片方が担当する、という風に。片方が娘の相手をしている間、もう片方は家事をする、という風に。
でも、残りの週4回は、ワンオペだった。
夫の帰りは、飲み会がない日でも遅かった。飲み会の日は23時や24時になるのはザラ。この一番大変な時間帯の平日に、基本ワンオペ。里帰りから自宅に帰ったその日から、半年以上ずっと。
育児をしている人は共感してもらえると思うけれど、このお風呂~晩ごはん~寝かしつけの時間帯をワンオペでやるのと、2人で分担してやるのとは、負担が全然違う。天と地の差。
さらに、9月に入って夫の飲み会は増え、とうとう週5日帰りが遅くなったその日。今でも覚えている、9月の水曜日。
「一番大変な時間帯のワンオペ」
さらに
「この状態がこの先もずっと続く」
ということに私は耐えられなくなった。
そして、
家に帰れなくなった。
まだ小さい娘を抱えたまま、ひたすら歩いていた。
最初はまだ薄暗かった空も完全に暗くなり、真っ暗な夜になっても、ずっと歩いていた。
比べても幸せになれないって
わかっているはずだったのに
夫婦間での家事育児分担に正解はない。
「夫が95%家事、毎日の保育園のお迎えを含む育児も夫担当」という家庭もあれば、「夫は単身赴任で家事育児の95%が妻」という家庭もある。それぞれだ。そこに正解はない。
各家庭でしっかりと話し合われた結果、お互いがそれで納得していれば、それが正解なのだ。比較するものではない。比較して、幸せになれるものではない。
それは分かっていた。だから、他の家庭と比較しないようにかなり意識したし、比較しなかったと思う。ただ、それでも比較してしまうものがあった。
私と夫との分担を比較してしまうのだ。
私の仕事は9月が期末。仕事がめちゃくちゃ忙しい。
仕事量が増える。私は仕事が好きなので仕事をしたい。でも保育園のお迎えの時間には間に合わないといけないから、定時+ほんのちょっとの残業時間で仕事を切り上げないといけない。
「私だってもっと仕事がしたいのに。」
そう思いながら育児をしていいことなんて一つもないのに、ワンオペだとその思いは募っていく。
そんな中、夫の帰りが続けて23時過ぎになった9月。「抱っこ紐の中で娘が寝た」というささいなきっかけで、終わりの見えないワンオペを思って、私は家に帰れなくなったのだ。
どうしようもなくなって出した、夫へのSOS
結果から言うと、その日私は夫に助けを求めた。というか、「まだ家に帰れていない」とLINEした。
私が家に帰っていないということは、7ヶ月の小さい娘もまだ家に帰っていないということ。そのLINEを見て、夫は超ダッシュで帰ってきてくれた。結局、家族3人が家に揃ったのは20時を過ぎた頃だった。
たった1時間半の家出。だけど、私にとってとてもとても長いような、それでいて短いような、よく分からない1時間半だった。
その後夫婦の話し合いが行われ、翌月から夫は勤務開始を朝1時間早くし、その分帰宅時間を1時間早めてくれた。
さらに、ベビーシッターの手配も本格的に行って、この「一番大変な時間帯にワンオペ状態」問題は、一旦解決した。
今これを私が書けているのは、このことを消化できたからだ。育児はいつが大変になるのかと怯えていたけれど、だんだん「楽しさ>大変さ」になってきている。
この1年7ヶ月で、一番大変だったのは最初の2ヶ月。次に大変だったのは、0歳6~7ヶ月あたり。最初の2ヶ月は育休中で、6~7ヶ月あたりは仕事しながらの育児に慣れてきた、と思っていた頃だった。
この2つの時期に共通しているのは、私がワンオペに近かった、ということだ。
ワンオペでも全然問題なくこなす人達もたくさんいるんだろうけど、私にはできなかった。体力や時間、というよりは、精神的に無理だった。
この後、夫やベビーシッターなどのサポートを得て、ツーオペになってからは、そんなに大変にはならなかった。
無意識に思っていた「もっと大変な人がいる」
最初私は、なんで家に帰ることができなかったのか、自分でも分からなかった。
家に帰ることができなかったのは、ワンオペが続くことがしんどかったからだけど、なんでしんどかったのか、自分で分からなかったのだ。
なぜ分からなかったのかー。それはどこかで、こう思っていたからだと思う。
ワンオペとはいえ、週4回のみ。週1回は夫が保育園のお迎えに行ってくれるから、私はその分仕事ができている。朝だって土日だって育児してくれている。世の中には、単身赴任などでもっとワンオペが大変な人がいる。
だからこれぐらいはワンオペとは言わない、言えない。これぐらいで音を上げちゃいけないって。
そう思っていたから、いっぱいいっぱいになっている自分に気が付けずにいた。後から思えば、体の不調も心の不調もあった。
頭痛があまりにもひどくて脳神経外科に通っていたし、じんましんが出て皮膚科にも行っていた。
自分がいっぱいいっぱいだから、矛先は夫にも向いていた。夫と私の家事育児分担比率について、話し合って決めた量より少しでも私の負担が多い日があれば、毎日夫より何分多く育児をしたのか、メモしていた。
毎日の夫の帰宅時間や育児時間まで、すべてをメモしていた。
自分ではなく他人に感情が向いている、この精神状態はわりと異常だと気がつくべきだけど、当時はその異常さをすべてメモという形で消化していた…消化したつもりだった。
他の家庭と比較するもんじゃない、と思っていたのに。分かっていたのに。
それなのに、心のどこかで「私より大変な人がたくさんいるだろうから、これぐらいで音をあげちゃいけない」って思っていた。思ってしまっていた。
他人と比較して大変かどうかなんて関係ない。自分が大変なら、いっぱいいっぱいなら、もうそれは大変なのだ。大事態なのだ。
他人は関係ない。
自分が「大変」と感じた時が、SOSの出し時
だから今、いっぱいいっぱいな人に伝えたい。
「これぐらいで音を上げたらいけない」「もっと大変な人がたくさんいるから」と思っているかもしれない、そこのあなたへ。
あなたが「大変だ」「もう無理かも」と思ったら、それは誰かと比較するものではなく、もう大変なのだ。もう無理なのだ。もっと大変な人がいるとかどうとか関係ない。
相対的に大変なのではなく、絶対的に大変なら、そこは我慢するところではない。ギリギリのところまでいっちゃう前に、SOSを出した方がいい。
あの日、30分ほど寝た後に起きた娘は、こころなしか不安そうな顔で私をずっと見ていた。あの顔を思い出しながら、今でも、保育園の帰り道に思う。「今日は大丈夫、ちゃんと家に帰られる」って。
明日、9.11がくる。
2019年の9月11日、ちょうど1年前の9月11日、私が家に帰られなくなった日。
私はこの日をずっと忘れない。
記事提供:経済と育児が分かるようになるnote
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ポッケ編集部PICKUP育児エッセイ
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