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母乳外来みつ院長の「365日のおっぱい」♯2 母乳が出ない

ー神奈川県にある、1軒の助産院ー

「おっぱいが出なくて、足りているのか不安で」「授乳、授乳で寝る暇がなくて、もう限界です」

そんな悩みを抱えて、不安と緊張で張り詰めた表情のママが、くる日もくる日も訪れます。

これは、365日、ママと一緒に悩み、喜び、涙する、ある助産院の院長、みつ先生の日記です。

【♯2】「もう限界。ミルクに変えたい…」

ママ うつ ノイローゼ 

限界を超えた心

予約の時間。

あのママがやってくる時間の数分前、わたしは静かに深呼吸をした。

泣いているような、消え入りそうな、か細い声で電話をしてきたのは昨日の夕方のことだった。

「あの…、授乳がうまくいってなくて…、それで…、見てほしいんです…」

たった10秒声を聞いただけで、ママの心が悲鳴をあげていることがわかった。

「明日いらっしゃい。わたし、待っているから」

ママはおうちから一歩外に出て、そして、ここまで来られるだろうか…。こんなときは、時計の針の進みがとても遅く感じる。

そのとき、チャイムが鳴った。

ママが落とした言葉

床を見つめたまま小さく縮こまっているママの姿は、何か見えないものから必死に自分と赤ちゃんを守っているように見えた。

ママがぽろり、ぽろりと口から落とす言葉を、うなずきながら一つずつ拾っていく。

「授乳が…、うまくいかないんです」
「何度も吸わせてるのに、泣いてばかりで…」
「でも、泣くから…」
「もう、ずっと寝てなくて」
「でも、おっぱいあげなくちゃ…」
「わたし、母親失格だから」

あぁ、こんなになるまで我慢して。
ママ、つらかったよね。
ずっと、一人でがんばってきたんだよね。

ずっと言えなかっただろう本音

本音 本心

「わたし、もう限界で…。ミルクに…、ミルクに変えちゃダメですか?」

このひと言を、ママはどれくらい飲み込んできたのだろう。ミルクに変えたいんじゃない。きっと、もう、体と心が限界なんだよね。

ママたちは、”赤ちゃんにとって母乳がよい”ということをよく知っている。よく調べて、よく勉強して、そして、周りの人からもよく言われている。

それがいつしか形を変えて、”母乳じゃないとダメ。ミルクはダメ”になってしまう。

「ママ、母乳じゃないとダメなんてことないよ。ダメなことなんてないのよ」

ママがうなずいた瞬間と笑顔

ママは、ゆっくりと視線を床から持ち上げ、わたしを見た。

”母乳育児”がママにとってプレッシャーとなっていたのかもしれない。そのプレッシャーから解かれたような、そんな安堵感すら感じさせる表情だった。

「ママ、赤ちゃんの体重を測ってみましょう。そして、ママと赤ちゃんにとって、いい方法を考えていきましょうね」

そう声をかけると、コクンと頷いた。目に涙をいっぱい溜めた笑顔で。

ママへの提案。「ママはどうしたい?」

哺乳瓶
哺乳量を計測したところ、やはり、この赤ちゃんに必要なだけのおっぱいは出ていなかったの。

すぅっと一つ呼吸をして、ママの目を見てゆっくり話しかける。

「ママのおっぱいね、これくらい出ていたの。それでね、赤ちゃんにはもう少しおっぱいを飲んでほしいの。今、ちょっと足りていないのね」

ママは、わたしの目を見て、コクンとうなずく。

それを確かめながら、続ける。

「赤ちゃんね、もう少し飲まないと満足できないの。満足できないと、『ママ、お腹すいたよ』って泣いちゃう。そうしたら、ママが全然休めないでしょ?ご飯を食べる時間も取れないでしょ?」

ママは、コクンコクンと続けてうなずく。

「ママ、わたしは、この子にミルクを足してあげたいの。ミルクの力をすこしだけ借りて、おっぱいが溜まる時間を作ってあげない?ママ、がんばりすぎて、全然休めていないから」

「ママはどうしたい?」

「ミルクを足して、それで、おっぱいを飲ませてあげたいです」

やっと、やっと言えたね。

ミルクが助けてくれることもあるよ

こんな風に言ったママがいたの。「ミルクを足したら、赤ちゃんがミルクのほうに行っちゃう気がして」

そんなことないよ。
そんなことないから、大丈夫よ。

今は、ミルクの力を借りたっていいじゃない。

だって、そうしたらママが休めて、元気になるでしょ。

そうして、赤ちゃんが欲しがる量のおっぱいが少しずつ出るようになっていったら、それでいいじゃない?

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佐藤みつ

佐藤みつ

さとう・みつ

1979年 神奈川県立衛生看護専門学校助産師科卒業。大学病院・個人病院での勤務、自治体の新生児訪問などを経て、「ママが気軽に立ち寄れる場所を作ってあげたい」という気持ちから、1993年に助産院「マタニティハウスSATO」を開業。分娩やおっぱいマッサージ、ベビーマッサージなどを行っています。「昔、取り上げた子がママになって、その子がお産をしに来てくれるなんて幸せでしょ?」