もしあなたが今、余命3年と宣告されたら。残された時間の中で、何を思い、何を考え、どんな行動を起こしたいと思うだろうか。それがもし、愛する伴侶と、子どもを残して死を迎えることがわかったとしたらー?
余命3年の末期癌と宣告された写真家、幡野広志さん。この連載は、2歳の息子と妻をもつ35歳の一人の写真家による妻へのラブレターである。
次の荷物をおろさなければならない
「ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。」という少しギョッとするタイトルの書籍を出版した。
育児の本でも、ましてや闘病の本でもなく、ぼくが日々考えていたことをまとめた本だ。発売日の翌日には重版がきまるなど、人生初の書籍の売れ行きはとても好調だ。自分が考えていたことが共感をえたような気持ちになり、とても嬉しい。
子育てをしている最中に、命に関わる病気になってしまうと、多くの人がお金の心配をする。もちろん、お金の存在というのは大きい。ぼくも一番最初はお金の心配をした。
でも一万円札に描かれた福沢諭吉が、なにか言葉をかけて息子を励ましてくれるわけではないということにも気がついた。そもそもお金は何かを購入したり、何かをするためのツールだ。ほしいものや、したいことがなければ、お金をうまく使うことができない。
父親がいないという孤独感や寂しさは、きっとお金では解決できない問題だ。ぼくは、息子に言葉をのこしてあげたかった。息子にとって必要になり、ほしいものだけどお金で買えないものが、ぼくの言葉だと思ったからだ。
本を出版したことで、心の荷物がひとつおりたような気持ちになり、少しホッとしている。でも荷物がおりたことで心にスペースができると、また違うことがやりたくなってくる。
命に限りがあると健康なころから理解していたけど、実感はしていなかった。いまは実感しているので、時間の価値が上がった。人生というのは振り返ると短く感じる、あまりゆっくりしているヒマもなく、次の荷物をおろさなければならない。
いつも背中を押してくれてありがとう
いまこの手紙は知床半島で書いています。
昨日はエゾジカを5頭とキタキツネを5匹見かけました。今日はヒグマを探します。
いつか君と優くんと訪れたい街が、また一つ増えました。
一週間も家をあけて、ぼくだけ旅をしているわけですけど、それを怒ることなく許してくれてありがとう。
こないだ講演会をしたときに“あなたが余命一年だったら何をしますか?”というアンケートをとったんです。答えの多くが“仕事を辞めて、旅に出る。”というものでした。
旅はそれくらい魅力的なものだけど、本当に余命が一年になったら家族がそう簡単に余命一年の病人を旅に行かせないことも現実です。
余命が一年になったときに、本当にやりたいことをするのは難しいです。本当にやりたいことは、健康なときにやったほうがいいです。
旅のことも、書籍のことも、日常のこと全てにおいてだけど、いつもぼくのやりたいことを、背中を押してくれてありがとう。
“私はなにもやっていないよ。”って君はまた言うかもしれないけど、ぼくに好きなことをさせるということを君はやっています。それに自信をもって、忘れないでください。
ぼくが死んだあとに、ぼくが人生を好きに生きたという事実が、君の心の支えの一つにきっとなります。ぼくが好きに生きたこと、それを君が背中を押してくれたことが、優くんにとっていい影響を与えると思います。
では、ヒグマを探しに行ってきます。病気になったけど、病気で死ぬとは限らないよね。ヒグマに襲われないように、気をつけます。
また、書きます。
幡野広志
はたの・ひろし
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi