僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

子どもに好きになるクセをつけてあげたい|幡野広志「ラブレター」第38回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、4歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。

息子よ、お父さんはキミがおもってるよりも物事を知らないぞ

コピーライト 幡野広志
「それじゃあクイズです、おだいりさまが手にもってるものはなんでしょー?」と息子にクイズをだされた。お内裏さまの所持品なんて気にしたこともないので、まったくわからない。

『ハイッ!権力です!!』手をあげて元気よく答えてみた。ひな壇の下段にあれだけ従者がいるのだから、きっとかなりの権力者だろう。答えは権力でも間違ないはずだ。妻の顔は曇っている。

「ブッブー、せいかいは…しゃくでしたー!」保育園で先生に教えてもらったのだろうか。お父さんが不正解なことがどこかちょっとうれしそうだ。きっとお父さんが知らないことを、自分が知っていることがうれしいのだろう。

お父さんは正解を聞いてもわからない。息子よ、お父さんはキミがおもってるよりも物事を知らないぞ。なんだしゃくって。すぐにiPhoneで調べてみると、お内裏さまが長いしゃもじのような、短い卒塔婆のようなものを確かに持っている。しゃくというのは、笏というらしい。

息子がどんどん言葉を覚えていくことを実感する。保育園のお友達や先生、絵本やテレビやYouTubeなどからも学んでいる。鬼滅の刃のことやマインクラフトのことはぼくよりも詳しい。好きなことや興味があることを学ぶのはたのしいのだ。

息子としりとりをすると、それをより実感する。食べ物や動物や植物の名前など、けっこう幅広くポンポンとでてくる。むしろぼくの方が言葉がでてこない。あれっ、もしかして脳梗塞なんじゃね?っておもうほど言葉がでてこない。

いや、正確にはでてくるのだけど、でてくる言葉が心筋梗塞だとかコカインだとか懲役みたいな、子どものしりとりっぽくないものばかり浮かんでしまうのだ。

「てがみ」と息子がいったあとに、み…み…み…と考えて一番最初に浮かんだ言葉がよりによって民間軍事会社だった。きっとつい最近、傭兵の本を読んだせいだろう。いや、さすがに民間軍事会社は子どものしりとりではダメだ。次に浮かんだのが民事裁判だった。それもダメだ。そもそも“ん”で負ける。

そうなると脳内がまた民間軍事会社に戻ってしまう。民間軍事会社から連想して戦争に関係する“み”がつくものを探してしまう。民兵とかミグ戦闘機とか民主化とか、そういう方向にどんどんハマってしまう。お父さんは息子の「てがみ」と釣り合うような言葉がほしいのだ。

そのとき妻がみかんの皮をむいていた。あぁこれだ!!『みかん!!』と元気に答えた。あざやかに負けてしまった。しりとりが心理戦だとはおもわなかった。息子はお父さんに勝ってとてもうれしそうだ。妻は笑っていた。

子どもに情報を制限することの無意味さ

コピーライト 幡野広志
優くんが言葉をどんどん覚えているよね。親からするとどこで覚えたんですか?っておもってしまう言葉まで知ってるんだけど。よくよく考えればぼくだってキミだって自分の親から教えてもらった言葉よりも、圧倒的にたくさん他のどこかで覚えたはずだよね。

いま話題の「うっせぇわ」ってあるけど、もしもその言葉を子どもに使ってほしくなければ、それを教えていったほうがぼくはいいとおもうんですよ。鬼滅の刃だってなかなかグロテスクなんだけど、それを隠すよりも親がどう子どもと付き合うかだとおもうんです。

子どもの耳と目をふさいで、くさい物にフタをするようなことをしたって、すでに世の中にコンテンツとして成立して流行をしているし、子どもは親以外からの情報の方が圧倒的に多いのだから、制限するのはきっと無意味だろうね。

これってたぶん火遊びとおなじです。子どもから火をとりあげるよりも、親が子どもに火のことを教えて、火傷の処置や火の消し方を教えながら、子どもと一緒に火遊びをしたほうが安全だとぼくはおもうんです。少なくとも親に隠れて火遊びをする子どもよりもずっと。

好奇心があることを制限しても、親に隠れてやってしまうだけで、そのときに知識がないが故に間違ったことをしちゃうとおもうんですよ。

コピーライト 幡野広志
ぼくが読んだ傭兵の本だって、どっかの誰かからすれば眉をひそめるような本なんだろうけど、ぼくからすればすごくおもしろかったんですよ。弾丸をどのタイミングで鉄砲に装填するのか、すごく勉強になりました。弾丸の取り扱いってずっと疑問だったんだよね。それに傭兵のことなんて知らなかったから、傭兵のことを知ることができておもしろいんです。

知らないことを知るっていうのは、めちゃくちゃおもしろいことなんですよ。ぼくは勉強がすごく苦手でほとんど学校の勉強をしなかったのだけど、勉強が苦手だった理由の根底は好奇心がなかったからだといまではおもうんです。

子どもの頃は勉強ができないことでよく怒られたんだけど、好奇心をもたせてあげりゃ良かったんだよね、逆ギレ的な意見だけど。体育の授業だってタイムやスコアで評価して生徒に優劣をつけて競わせるけど、そういう評価のない運動って本来たのしいじゃないですか。運動が好きな子はいいけど、運動が苦手な子はどんどん体育の授業が憂うつになるだけだよね。

学校の勉強って社会では役に立たないこともあるんだけど、子どものうちから学校で勉強がたのしいことっておもわせることで、子どもは自ら勝手に学ぶ人になるんだろうね。

優くんをみていてわかったことは、好奇心があればどんなことでも勉強をするってことなんですよ。きっと優くんは寝ることやご飯を食べることよりも、遊びを優先したいわけじゃないですか。遊びに好奇心があって、遊びがたのしいことだからなんだよね。

ぼくだって好奇心があることは睡眠時間を削っても勉強してしまうし、食事をおろそかにしても勉強しちゃうんですよ。最近は美味しい唐揚げの揚げ方と美味しいアイスミルクティーの淹れかたを勉強してるんだけど、とてもたのしいです。

親にできることは子どもの好奇心をのばして、好きになるクセをつけてあげることなんだろうね。

また書きます。
コピーライト 幡野広志

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi