僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

優くんの未来で応援してほしいこと。|幡野広志「ラブレター」第37回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、4歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。

わかるよ、おじさんもBIGカツは好きだ

コピーライト 幡野広志
stand.fmという音声配信サービスで、ラジオみたいなことをはじめた。ぼくは写真家なので写真を撮るのは得意だけど、写真家というのは裏方の仕事なので、しゃべるのは苦手だ。なんだかとっても恥ずかしい。

ばったり会った人に「いつもツイッターみてます」といわれるだけでも恥ずかしいのに「いつもstand.fmきいてます」なんていわれたら恥死をしてしまいそうだ。死因が恥というのは避けたいので、しゃべることに少しづつ慣れていきたい。

いろんな人の配信を聞いて、しゃべりの勉強もしている。しゃべりが上手い人もいれば、そうじゃない人もいる。そんな中でめちゃくちゃおもしろい男性配信者がいる。

もう何度も彼の配信を繰り返して聞いている、こんなのジブリの映画以来だ。ぼくは彼の世界観にどハマりしている。「みんなはどうですか?」と彼がリスナーに問いかけると、おもわず返事をしてしまう。

彼はまだ小学生だ。公園で遊んだ話やアリを飼っている話、家でバーベキューをした話など小学生の日常を配信しているのだけど「砂場から古代の遺跡がでてきた。」といいだすので、おじさんの心は震え、鷲掴みにされている。

「ぼくは初見の子と遊ぶのは緊張しない派です、みんなはどうですか?」と問いかけられたときに「おじさんは初見の人と遊ぶなら、できればアルコールの力をかりたいですね。」とおもわずひとりごとで返事をしてしまった。

彼はいつも「コメントくださいね。」なんていってるが「アルコールの力をかりたい」なんてコメントを入れられるわけがない。きっとまだ理科の実験でつかうアルコールランプか、消毒用のアルコールしか知らないだろう。

おそらくパパかママの管理下のもので配信をしているだろう。初回の放送ではお父さんのことをパパと呼んでいたが、2回目の放送ではお父さんになっていた。きっとパパかママがディレクターになっている。キモいおっさんのコメントにパパママが警戒して、彼が配信を禁止されたら大変だ。彼の迷惑にはなりたくない。

3000円ぐらいを何らかの形で課金するから、好きなお菓子ランキングをやってくれないかなっておもったけど、やはりパパママが警戒するだろう。とても悩んだ末に、好きなお菓子ランキングトップ5を教えてくださいとメッセージを送ってみた。キモさは最大限に抑えたつもりだ。stand.fmではメッセージに直接返信はできず、配信をして公開するしかない。

メッセージを送った翌日、彼は好きなお菓子ランキングトップ5の配信をしてくれた。なんてフットワークが軽いんだ。堂々の1位はBIGカツだった、遠足に行くときはBIGカツを絶対に買うそうだ。わかるよ、おじさんもBIGカツは好きだ。あれは冷えたよくオリオンビールととても合うんだ。彼のパパママに警戒されないよう、ハガキ職人になって活動を応援したい。

写真って、感動するから撮るの

コピーライト 幡野広志
優くんが小学生や中学生になるころにはどんなSNSや配信サービスがあるんだろうね。大人って自分が子どもの頃になかったものを、子どもが使おうとすると否定する人がいるんだけど、ぼくは良くないとおもうんですよ。

食洗機やロボット掃除機とかドラム式洗濯機を否定したり、きっと紙オムツだって誕生したばっかりのころは、紙オムツを使わずに子育てを終えた人の一部は否定したとおもうよ。粉ミルクとか、抱っこひもとかもね。

新しく発明されたものやサービスを、自分の時代にはなかったという理由で否定するのって、ぼくはアホだとおもっちゃうんですよ。新しいものを否定していたら、みんな洗濯板とソロバンで仕事しているよね。便利なものを否定していたら、不便しかないわけで、楽することが悪で、苦労することが善だという人ってぼくは無理なんですよ。

地図とコンパスを使って現在地を知るスキルは趣味としてはおもしろいけど、Googleマップを使いこなせるほうが大切だよね。辞書の引きかたを覚えるのは知識としてはいいけど、現代の子にはネットでの上手な検索と、検索履歴の削除の方が大切だとおもうんです。

大人がSNSをやる理由って、感動を伝えたいからだとおもうんです。ご飯が美味しいとか、子育てがたのしいとか、これから飛行機に乗るとか、なにかすごい出来事があったとかそういう感動です。人って夕日を見るだけで感動をするんだよね、それを誰かに伝えたいの。

子どもにも感動があって砂場で知らない子と遊んだとか、大縄跳びをしてたのしかったとか、それってやっぱり感動してるんだよね。日常のちいさな変化に感動して、それを誰かに伝えるのがSNSなんだとぼくはおもうんです。

SNSがない時代は手紙や日記を書いたりすることで伝えたり残そうとしたわけです。これって写真の本質もそうなんですよ、写真って感動するから撮るの。写真がない時代は絵を描いたり、壁画にして未来へ伝えようとしたんです。

だから何も伝わらない作品ってつまらないわけじゃないですか。何かを伝えようとする作品って引き込まれるよね。大昔から人は日常のちいさな変化に感動して、それを誰かに伝えたかったんだよね。ぼくだってこうやって文章を書いたり、写真を撮ったりしゃべって伝えようとしているわけです。大人も子どもも、関係ないとぼくはおもうんです。

だから優くんが現代にはない、未来のサービスやSNSをやろうとしたら、ぜひ見守って応援してあげてください。ところでキミがぼくのstand.fmを聞いているのか聞いていないのかわからないけど、聞いていてもそのまま聞いていないフリをしていてください。恥ずかしくて死んでしまいます。

また書きます。

コピーライト 幡野広志

たのしいことはいっぱいあるんだから|幡野広志「ラブレター」第36回

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自分にないものを、子どもに。|幡野広志「ラブレター」第29回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi