僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

たのしいことはいっぱいあるんだから|幡野広志「ラブレター」第36回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、4歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。

2021年は、コロナ憂鬱と妻の厄年

コピーライト 幡野広志
いつもなにかを書くときに、なにを書こうか迷ってしまう。頭の中で考えてることはたくさんあるのだけど、それを文章にするのはとても苦手だ。文章を書く機会はたくさんあるのだけど、文章を書くのが得意というわけじゃなく、どちらかといえばとても苦手だ。中学生のときの国語の成績はだいたい1か、調子のいいときで2だった。

緊急事態宣言が発出されるので、それにちなんだことでも書こうかとおもって、さっきまでけっこう書いたのだけど途中で消してしまった。

コロナ鬱という言葉がある。昨年4月の緊急事態宣言では鬱的なものをぼくはまったく感じなかったけど、今回はちょっと気が重い。

さいきんの医療者や専門家へのバッシングにもちかい風当たりの強さを見たり、困窮する社会的弱者やコロナに感染してしまった人への「自業自得」という言葉。他県ナンバーハンティングや、自粛要請に従わないお店への嫌がらせなど、自粛警察や自粛憲兵がまた活躍するのかとおもうと気が重い。

外出できないことがつらいのではなくて、人と人とが分断されるような状況を見ていてつらく感じる。震災や災害が起きると“絆”だとか“がんばろう〇〇”みたいな言葉で、感情を塗りつぶしているようで、あまりよくおもっていなかったけど、分断よりもはるかにいい。

コロナ鬱…というわけではないけど、コロナ憂鬱ぐらいになっていることはなんだか自覚している。なのでコロナや緊急事態宣言に関係しないことを書こうかとおもったけど、やっぱり書いてしまった。だから国語の成績が1だったんだろう。

コロナ憂鬱をこれ以上増やさない方法が1つある、ワイドショーを見ないことだ。あれほど分断を可視化して、不安や怒りを扇動するものはない。緊急事態宣言中はワイドショーを見ないことを決めた。コロナ鬱にはならんほうがいい、精神状態を保つことはとても大切だ。

緊急事態宣言は始まったばかりだ。そして2021年も始まったばかりだ。大変かもしれないけど、ここはひとつおおきな山を乗り越えていくしかない。もうひとつ乗り越えないといけないちいさな山がある、妻が厄年だ。

神社で看板になってる年齢表のアレだ。前厄から後厄まで3年も続くアレ。ぼくからすれば公園の砂場にあるちいさい山なんだけど、妻からすればそうではないのかもしれない。今年が本厄であることに不安を感じているようだった。

そんなこと気にするよりも

コピーライト 幡野広志

ぼくは厄年っておみくじと同レベルのエンタメだとおもっていたし、3年もあれば誰だって悪いことぐらいおきるでしょ。平成元年の出生数がざっくり130万人で、その半分が女性だとして65万人ぐらいの女性と、その前後に生まれた女性と合わせて、ざっくり195万人の一斉に不幸が起きるって、占いとしてはざっくりすぎでしょ。

占いってもっと個人に合わせたもので、ケースバイケースだし、もしも本当に195万人に一斉に不幸が起きるなら、コロナ対策と同じように国民の生命と財産を守るために国が不幸を防ごうとするよ。日本のコロナ感染者は累計で25万人だよ。

3年の間にたまたま起きる不幸を「厄年だからなぁ、てへ。」という感じで気持ちをおさめることができるならいいけど、厄年だからと不安になっていたら本末転倒です。男性の42歳と女性の33歳という後厄には42が“死に”と33が“散々”という言葉遊びからきてるそうです。

お食い初めの料理とか、おせち料理にも遊びがあって、たとえば鯛が“めでたい”とか、伊達巻は巻物に似てるから頭が良くなりますようにってことなんだけど、こういうのは楽しむものであって、不安になるためのものじゃないよ。現実的なこといえば、鯛よりもトロほっけのほうが美味しいとおもうし、頭がよくなりたいなら勉強したほうがいいとぼくはおもいます。

厄年もそうだけど仏滅だとか大安だとかもまったく根拠がないですよ。宗教のことをすこし勉強すればわかるけど、そもそも仏は滅亡しません。仏滅が悪い日ってわけじゃないよ。規則正しくルーティンで仏滅の次の日は大安だけど、あんなのただの旧暦の曜日みたいなもんじゃん。そりゃ誰だって日曜日の朝と月曜日の朝で気分は違うでしょ、そんなもんだよ。

でもそれで宝くじが売れたり、大安の日に結婚式場が賑わって経済が活発になればいいじゃない。こんなことをいってはなんだけど、君が生まれたの日は仏滅です。さらにこんなことをいってはなんだけど、優くんが生まれた日も仏滅です。こんなことでマウンティングをして申し訳ないけど、ぼくが生まれた日は大安です、いいでしょ。

君は知らないかもしれなけど、子どもは男の子も女の子も2歳から4歳まで厄年です。優くんも優くんのお友達も、君が保育園で受け持っている子どもたちもみんな厄年。ぼくからすればこんなの親の不安を煽った商売の一種だよ。経済が活発になるのはいいけど、この商売が美しいとはおもわないかな。

でも君が不安になる気持ちも理解はできます。きっと厄年で起きる不幸を“ぼくが死んでしまうこと”って考えているんでしょう。確かにこれは不安だ、でもそれだってたまたま起きる不幸なことにすぎません。そしてぼくからすれば、本当に君の厄年が原因でぼくが死ぬのなら、離婚をしてそれを防ぎます。ぼくと君は元々は他人です、君の厄年でこっちが死ぬわけない。ぼくの人生の主人公はぼくです。

厄年が本当にめんどうなのは、周囲からの声です。「ちゃんとお祓いしたの?」っていわれて、本当に不幸が起きたときに「厄年だから」とか「お祓いをしなかったから」っていわれるのが、本当の問題です。ここまでくるとおみくじやエンタメ程度のことが、呪いに変わってきます。

ただのバカからの呪いなんだけど、これがバカにできないのは、苦しんでいるときに刺さってくるということです。バカって泣きっ面にハチのハチさんなんですよ。ぼくはそういう人のことをキラービーって呼んでます。ぼくからすれば君の親族がいちばんキラービーになりかねないよ。親族から「ちゃんとお祓いしたの?」っていわれてない?

でもこれは宗教の勧誘とおなじで否定したり、無下にすると本当にめんどうなことになって、無駄な精神的なコストを消費させられます。だからお祓いにいきましょう。緊急事態宣言になっちゃったけど、解除されたらお祓いにでもいきましょう。そういうものを体験するのもおもしろいとおもいます。結局のところエンタメなんですよ。

でも本当はそんなの気にするよりも美味しい果物やお菓子を食べてたほうがよっぽどいいよ、たのしいことはいっぱいあるんだから。

また書きます。

コピーライト 幡野広志
君の買った宝くじが当たるように|幡野広志「ラブレター」第35回

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ぼくときみが変わらないのは|幡野広志 連載「ラブレター」第18回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi