僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

ぼくときみが変わらないのは|幡野広志 連載「ラブレター」第18回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ36歳の一人の写真家による、妻へのラブレターである。

妻と友人の会話を聞いていて

コピーライト 幡野広志
平日昼間の人もまばらなショッピングモールに妻とでかけた。

焼きたてのパンが食べ放題のお店で、すこしおそめのランチを一緒に食べたあとは、集合時間と集合場所だけきめて別行動をする。ぼくたち夫婦はショッピングモールではいつも別行動だ。

いきたいお店も見たい商品も違ううえに、保育園のお迎えの時間などもあるので、別れた方が効率的というがもっともらしい別行動の理由なんだけど、ぼくが妻の買い物に付き合いたくないというのが本音だ。

女性の買い物に付き合うのは体力がいる、ぼくにはその体力がない。
体力をふりしぼった旦那さんが力尽きてショッピングモールのベンチで眠っているのをみると、戦場帰りの戦士のように見えて尊敬する。

コピーライト 幡野広志
「幡野さん…ですか?」

食べ過ぎた焼きたてのパンがボディブローのように効いているときに、小さな子どもを連れた女性に声をかけられた。

さいきんは街中で声をかけられることも増えた。
こんな熊みたいな熊に声をかけるのは勇気がいるとおもう。
声をかけてくれた人にはこちらも丁寧に対応しているつもりだ、空腹具合に関係なく襲って食べたりはしない。野生のやつらのように野蛮ではない、ひとくくりにしないでほしい。

声の主をよくよくみると、妻の高校の同級生の友人だった。
ぼくも何度も会ったことがあるし、うちにもよく遊びにきてくれていた。

おおお、と驚きつつすこし会話したあとに妻も合流すると、他愛もない話で盛り上がった。妻と友人の会話を聞いていて、安心したことがある。
二人ともマウンティングをしないのだ、自慢することも卑下することもない。
他愛のない話なんだけどバランスがうまい。

うちの妻はマウンティングをされることがおおい。
マウンティング女子の星に、マウントされた星のもとに生まれたのではないかとおもうぐらい、よくマウンティングをされている。息子の保育園のママ友だろうが、自分がつとめる保育園の同僚だろうが、親族にすら、とにかくよくマウンティングをされている。

うちの妻はどこか人畜無害な雰囲気があるし、人に対してなにかを自慢するということがないうえに、いい返したりやり返すということもしないので、マウンターには安心してターゲットにされやすいのだろう。

それでいてマウントされてダメージを受けるので、すこしやっかいなのだ。

きみと結婚してよかったなとおもうこと

コピーライト 幡野広志
いい友達ってなんだろね?
なんとなくこないだばったりあった友だちが一つの答えのような気がします。

彼女はきみが子どもを産んでも変わらないし、ぼくが病気になろうが変わらないし、なによりも彼女自身が結婚をしても、子どもを二人産んでも変わらない人だよね。

ぼくが彼女とはじめて会ったのは8年ぐらい前になるけど、それからまったく変わらない。きっと高校生のころから成長こそあっても、変わらない人なんじゃないかな。

あくまでぼくの主観だけど、いい人だよね。
ぼくたちにとってはいい友人だけど、きっと旦那さんにとってはいい妻なのだろうし、子どもにとってはいい母なのだとおもう。

マウンティングをしてくる人って旦那さんの仕事だったり、住んでいる家のことだったり、子どもの成長のことだったり、交友関係や人脈だったりとかさ、本当は自分とは関係のないところでマウントしてくるんだよね。

あの心理は本当に不思議なんだけど、たぶん自信がない人なんだとおもう。
自信がないから自分よりも下をみつけて安心したい人なんだとおもう。

きみにマウントとっていた人が、なにかのきっかけでぼくのことを知ったりすると、急にきみに対する態度がしおらしくなるというか、とにかく変わるわけじゃないですか。本当にくだらないよね。

結局のところ、自分のことだけを見ていて相手のことをまったく見ていない人なんだよ、マウンティングをしてくる人って自分の話は呼吸をするようにペラペラしゃべるけど、相手の話はまったく耳にはいっていないからね。

ぼくがきみと結婚してよかったなとおもうことは、人に対してマウントをとらないということです。

写真家の世界ってけっこうマウントの世界で、シャッターを指じゃなくてマウントで押してる人がいっぱいいて、ぼくはグヘェとしちゃってます。そういう世界で生きているから仕方のないことなのかもしれないけど、家庭やプライベートまでグヘェとさせられたくないよね。

揚げ物を菜箸でひっくり返すようにコロコロ態度が変わってしまう人がたくさんいるからこそ、変わらない人って大切です。ばったり会った友だちのこと、大切にした方がいいです。

変わらない人と一緒にいれば、自分も変わることがありません。

ぼくが変わらないのは、きみが変わらないからだとおもいます。
ぼくが変わらないから、きみも変わらないのかもしれません。

また書きます。


今日はケーキを買って帰ります|幡野広志 連載「ラブレター」第17回

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3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

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◆幡野さんの新刊が発売中です。

『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』

要出典 幡野広志 ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。

子どもの頃って、どうしても選ぶことができないけど大人になったり、病気で人生が短くなってくると、じつはなんでも選べるし、選ばないといけないんですよね。生きにくさを感じている人に、生きやすさを感じてもらえることを願っています。(タイトルに寄せた幡野さんの言葉より)


幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi