もしあなたが今、余命3年と宣告されたら。残された時間の中で、何を思い、何を考え、どんな行動を起こしたいと思うだろうか。それがもし、愛する伴侶と、子どもを残して死を迎えることがわかったとしたらー?
余命3年の末期癌と宣告された写真家、幡野広志さん。この連載は、1歳の息子と妻をもつ34歳の一人の写真家による妻へのラブレターである。
『もしも過去に戻れるボタンがあったら押しますか?』
と、知らない人にSNSのメッセージで聞かれた。
僕は押さない。今が一番幸せだから。
僕は今、31歳の妻と、1歳8ヶ月になるウルトラかわいい息子と一緒に暮らしている。
妻の名前は由香里。
息子の名前は優。
優しい人間になってほしいと願って2人で付けた名前だ。ゆう君です。
僕は現代の医療では治せないガンになった
僕は34歳、写真家をしている。
ちょうど1ヶ月前に多発性骨髄腫という聞きなれない病名を診断された。血液のガンだ。
治すことは現在の医療では不可能。
医師には平均して3年の余命と言われた。ガーン。
このことをブログで公表すると予想外に反響があり、知らない人から300通近いメッセージが届いた。
冒頭に書いたのは、ビーフストロガノフを煮込みながら大量のメッセージに目を通していたときに見つけた質問だ。
質問してきた人は、質問を変えて再びメッセージを送ってきた。
『もしも生まれ変わったら、また同じ人生を過ごしたいですか?』
いま思えば、質問者にはすこし悪意があったようにも感じる。弱音を聞き出したいのか、後悔を聞き出したいのか、興味本位なのか。真意は分からない。
くだらない質問の答えを真剣に考えたけど、生まれ変われるとしたら、また同じ人生がいい。34歳でガンになり余命が3年だろうと、同じ人生がいい。
また由香里と結婚して優に出会いたい。強がりではなく、人生に満足している。
ただし僕は満足でも、由香里は優の育児と僕の看病で、ワンオペ育児どころではない大変な状態になっている。
この連載コラムは、そんなワンオペ家族をすることになった由香里へ贈る手紙です。
由香里へのラブレターであり、遺書でもある。恥ずかしくして死にそうだ。
ガンになって恥ずかしくて死にかけるなんて夢にも思わなかった。34歳でガンになるとも夢にも思わなかったけど。
結婚7年目。妻へのラブレター。
君と結婚して7年目になる。僕は子どもが苦手で、ずっと君と2人がいいと思っていた。子どもはいなくてもいいと思った。
この考えは間違いだったと今なら思う。子どもは素晴らしい存在で、僕の人生に意味を与えてくれた。
子どもが苦手だった僕が、ガラッと変わり、子どもと遊ぶ姿を、君にはどう映っているのだろうか?
でも、もっと早く子どもを作れば良かったとは思っていない。結婚したばかりの頃の僕は、今よりも精神的に幼かった。年齢を重ねると同時に、精神的にも成熟することができた。
体力的には、年齢が若い方が子育てにはいいのかもしれない。でも子育てに本当に大切なのは体力ではなくて、親の人格や品性だと思う。こればかりは、親になる前に人生経験を積まなければ形成されないと思う。
結婚してすぐに子どもを授かっていれば、子どもはいま7歳ということになる。「僕の余命が3年なら、10歳まで子育てができた」なんて考えることもあるけど、無意味なことなので止めた。
3人で、いただきますをしよう。
“もしも”なんてことは、現実にはありえない。 健康なときにはベロベロに酔って盛り上がるネタだけど、真面目に考えることは意味がない。
それでも思うのは、もしも子どもがいなかったとしても、君となら楽しい人生を歩んでいたと思う。
さっき僕は『もしも過去に戻ることができたり、生まれ変わっても同じ人生をしたい?』と君に聞いた。部屋にはビーフストロガノフの匂いが漂ってる。
君は『過去に戻らないし同じ人生がいい』と言ってくれた。その言葉に救われたような気がした。
ビーフストロガノフが出来たので食べよう。優に食事用エプロンをつけて、3人でいただきますをしよう。
また書きます。
幡野広志
はたの・ひろし
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi