僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

君の買った宝くじが当たるように|幡野広志「ラブレター」第35回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、4歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。

欲をいっても元本割れの宝くじ

コピーライト 幡野広志

宝くじを買ってもいいかと妻が聞いてきた。来年で結婚して10年になる、おもえば妻が宝くじを買いたいと相談をしてきたのははじめてだ。YouTuberみたいにお札の束を宝くじの束にするとかではもちろんなく、バラと連番で10枚づつ6000円分の宝くじを買いたいそうだ。

宝くじを購入に了承を得るというよりも、妻はきっとはじめて宝くじに緊張しているのだとおもう。ぼくは現実主義者っぽいところがあるので、宝くじを購入したことを後々で知られたらバカにされるとおもったのかもしれない。もしかしたら宝くじを購入することのドキドキの共有をしたいのかもしれない。

いくら当選したらうれしいの?とぼくが聞くと「うーん、欲をいえば3000円」と返された。欲の時点で元本割れじゃねーか、どんだけ欲が浅いんだよ。年末の宝くじって億とかじゃないのかよ。

たしかに確率的な話でいえば6000円分の宝くじで3000円を当てるのは、欲なんだとおもう。現実的なことをいえば600円になって返ってくるだろう。だからといって現実的なぼくは「んなもん当たらないよ」とはいわない。「きっと当たるよ」と優しく声をかける。

宝くじが当たるように魔法をかけてあげるよ、ぐらいのことをいったりもする。そのほうが高額当選をしたときに、お礼を期待できるからだ。魔法の言葉がチチンプイプイなので信憑性が低いのが悩みだ。だからといってお祈りだと、祈ったさきの神さまに恩恵がいってしまう。

「きっと当たるよ」と声をかけることで、こちらはタダで恩恵を得る可能性があるので、それこそ無料の宝くじのようなものだ。「んなもん当たらないよ」とバカにした人が恩恵を受けられるとは到底おもえない。

1億円が当選したとして、雀の涙の恩恵でもきっと100万円ぐらいにはなるだろう。そういうところが現実主義者っぽいのだけど、妻の欲が3000円当選だとちょっと恩恵もすくない、50円ぐらいの恩恵になってしまう。なのでもうちょっと欲を持ってほしい。

「100万円当たったら何につかう?」と妻に質問をした、もちろん妻の欲を上げるための心理術だ。「えーーーー、どうするかなぁ。」とニヤけた顔をしてたのしそうだ。心理術は効果あり、たのしい妄想こそが宝くじの醍醐味なんだろう。まだ一枚も買ってもいないけど。

「二人に美味しいものを食べてもらうかなぁ」と妻がいった。100万円が当たったらぼくと息子に美味しいものをご馳走をしたいそうだ。

金銭感覚って身近にいる人できっと変わるよ

コピーライト 幡野広志
婚活中の人が相手の年収とかを気にするじゃないですか。もちろん理解はできるのだけど、年収というのは変化していくし、大企業だってリストラされることや倒産、業績やコロナで減給やボーナスカットだってあるのだから、変化をしやすい年収で判断するのはあまりいいとはおもわないんです。

年収って数値化できるわかりやすいステータスだけど、本当に大事なのは金銭感覚であって、収入よりも支出のセンスだとぼくはおもうんです。年収が1000万円あっても家族にお金を使えない人よりも、年収400万円で自分にも家族にもお金を使える人の方が結婚相手としてはいいとおもうんです。

支出のセンスっていかにお金を誰かに使えるか?ってことだとぼくはおもうんです。もちろん貢ぐとかそういうことじゃないよ。だから100万円の使い道が「二人に美味しいものを食べてもらうかなぁ」っていったことがすごくいいことだとおもいました。たぶん、ぼくもそうなの。もしも君が3000円当選して、50円の恩恵がぼくにあったら、その50円でぼくは優くんにうまい棒のコーンポタージュ味を4本買ってあげるとおもうんです。

こういうことをいうのはアレだけど、搾取をされるようなタダ働きをするつもりは一切ないけど、ぼくはあまりガツガツと積極的にお金を稼ごうという気持ちもまたないんです。タダ働きもガツガツと稼ぐことも経験をしてきたけど、結局どっちも疲れるんですよ。ゴリゴリと心を削って収入のことを考えるよりも、誰かにつかう支出のことを考えて、その人の笑顔を想像していたほうがたのしいの。

前に糸井さんにそんなことを話したときに「それはハタノさんの奥さんが、お金をほしがらない人だからですよ」っていわれたんです。そのときにかなり納得をしたんだよね。金銭感覚って身近にいる人できっと変わるよ。

もしも君にお金のことにギャーギャーいわれたら、ぼくだってさすがに稼ぐことを考えるんだろうし、もしもぼくが君にまったくお金を渡さないような人だったら、君は100万円当選したときに隠すとおもうんです。1億円なんて当たったら離婚するんじゃないかな。

たぶん、1億円とかが当選してもぼくたちには使い道がないんだよ。よくいえば足るを知るってことかもしれないけど、お金の使い道がないってのも、ちょっとつまらないことだとおもうんですよ。

豪勢な無駄遣いや誰かを笑顔にするようなお金の使い方ができるように、君の買った宝くじが当たるように魔法をかけておきます。チチンプイプイ。

また書きます。

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優くんがぼくに答えを教えてくれる|幡野広志「ラブレター」第34回

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きみと結婚したきっかけは|幡野広志「ラブレター」第26回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi