2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、4歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。
過去最高に圧倒的な素直さ
文才が遺伝するという話をきいた。どうも信憑性が高い話らしい。
親と子で身体的特徴が遺伝して似ることはあったり、アスリートの子どもが運動能力に優れていたりするというのは、わりと納得がいく話ではあるけど、文章能力はどうなんだろう。
ぼくは文章能力遺伝説にはすこし否定的だ。生まれもったというよりも、その後の環境が大きいような気がする。そして文才は遺伝なんですよっていわれてしまうと、なんだか夢も希望もない話のようにも聞こえる。
つい先日、息子があたらしいオモチャを手に入れていた。うれしそうに組み立てたあとに「おとうさん、しゃしんとって。」とお願いされた。
「好きなおもちゃは、自分で撮ったほうがいいよ」とカメラモードにしたスマホをわたした。真っ当なことをいいつつも、そのオモチャに魅力を感じなかったというのが本音だ。
真っ当な部分だけを受け入れた息子は「うん、わかった!」と素直に写真を撮りはじめた。ぼくはいままでに具体的な写真の撮り方を、息子に教えたことがない。
スマホで写真を撮る息子をみて、本当に驚いた。驚いたというよりも、ビビったというほうが正しい。上手かったのだ。写真が上手かったわけではなく、好きなオモチャである被写体との接し方が上手かったのだ。
親が子どもの写真を撮るときに、身長差があるがゆえに、上から子どもを見下ろしたような写真になったりする。そんな写真に親子の身長差がうつっていたりするのでけっこう好きだ。
でも身長100cmの子どもをよく撮ろうとするなら、カメラの位置を地上60cmぐらいまでおろす必要がある。きっと写真初心者がわりと最初に勉強することだ。
カメラの高さ、使っているレンズに応じた被写体との距離、そして被写体を観察する目。これがアングルだ。その次に構図というものを考える。
経験値を積んでいる人であればあるほど、アングルをとる作業が早い。ぼくの経験上、アングルは経験値と知識の要素がおおきい。息子は経験値も知識もないはずなのに、アングルが抜群に良かったのだ。
もしかしたらぼくが普段撮っている姿をみて、真似をしているのかもしれない。だとすれば才能ではなく環境だ。
ビビりつつも、ここをこうするといいよ的なワンポイントアドバイスを息子にすると「うん、わかった!」とまた素直に取り入れて、実行にうつす。
いままでに何人にも写真のワンポイントアドバイスをしてきたけど、過去最高に圧倒的な素直さだ。
すげぇすごいぞ、なにがすごいって、いまとんでもなくぼくは親バカになってるぞ。
いまは写真バカ一家でもいいのかもね
優くんがアースグランナーの写真を撮ってるときに、ぼくはとてもショックを受けました。
正直なところ、優くんが写真が上手くてうれしかったというわけではありません。ただただ、いままでに感じてきた写真の疑問の答えが出たんです。あぁ、そうか。やっぱりな。という感覚でした。
ぼくは文章能力や写真能力が遺伝をすることは否定的です。だからといってぼくが写真を撮っている姿をみていたから上手く撮れた、ということにもちょっと否定的です。
なぜならぼくは「見て覚える」ということがあまり好きではないからです。職人気質のように「見て覚えろ」というよりも、しっかり教えたほうが向上するだろうとおもってるからです。
でも現実的に写真が上手かったのは、やっぱりそういうことなのかもね。遺伝や環境よりもぼくがいちばん「あぁ、そうか。」とおもったのは優くんの素直さです。
真偽のほどはわからないけど、遺伝や環境、そこに本人の素直さが乗っかって、そこにさらに適切な指導ができれば、きっとすごいことになるんだろうね。有名アスリートが幼少期に親の指導をうけて、親の現役時代よりも活躍するように。
いままでに写真のことをたくさん勉強してきたつもりだけど、答えのみつかっていない疑問はたくさんあります。写真だけじゃなくて人生において疑問はたくさんあるんだけど、優くんと一緒にいるとその答えを教えてくれることがおおいです。
子育てをしていると気づきがおおい、なんてことをよく耳にするけど、ぼくはなんだか答え合わせをしてもらっているような気持ちになります。
もしかしたらほとんどの答えを子どもは知っていて、成長するとともに無駄なものがついてしまって、答えがみつからなくなるのかもね。
オモチャを撮るときの優くんの目、すごくよかったよ。好きな被写体は自分で撮るにかぎるとおもうんだよね。これは君が撮る優くんの写真にも、おなじことがいえるよ。
なんだか写真バカ一家みたいだけど、いまは写真バカ一家でもいいのかもね。
また書きます。
幡野広志
はたの・ひろし
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi