僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

きみと結婚したきっかけは|幡野広志「ラブレター」第26回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。

明日も生きていると信じているから

コピーライト 幡野広志

photo yukari hatano

2万2000人の方々が亡くなった震災から9年がたった。いつものように会社や学校にでかけて、そのまま家族と死別してしまった人がたくさんいたはずだ。

脱ぎっぱなしの服や、帰宅したら洗うつもりでおきっぱなしにした食器、干した洗濯物の一つ一つがその人っぽさを表した遺品になってしまったり、日常でかわされる何気ないひとことが最後の言葉になってしまった人もたくさんいただろう。

いつ地震が来るのか、いつ津波が来るのか、未来なんて誰にもわからない。震災後のガソリンスタンドにできた行列が、9年後にトイレットペーパーを求める行列になるなんて誰もわからない。

徐々になくなるトイレットペーパーと違い、死は自粛をせずに突然やってくる。明日のことなんて誰にもわからない。

「明日死んでしまうかもしれないから、今日を一生懸命すごそう」とか「あなたが無駄に過ごした今日は、誰かが死ぬほど生きたかった明日なんだ」というような言葉がある。

しっかりと生きろってことなんだろうけど、明日死ぬだなんて考えて生きていたら疲れてしまうだろうし、明日もしも本当に死んでしまうとしたら、おおくの人はパニックに陥ってしまうのではないだろうか。

いまこの瞬間までずーーーっと生きてきたのだ、明日も生きているとおもうに決まってるじゃないか。明日もきっと生きていると信じるから、今日を穏やかにすごせる。ぼくだって明日も生きていると信じているから、来月のスケジュールを埋めるのだ。

災害だろうが事故だろうが病気だろうが、誰にもいつか死が突然訪れる。明日も生きると信じていたがゆえに、後悔を抱える遺族になった方はおおい。例えば恋人と喧嘩をしていたとか、反抗期でひどいことをしてしまったとかだ。

べつに死ぬ側の意見を代表していうつもりはないけど、巨大地震で揺れている最中だとか、肺炎が重症化して呼吸に苦しんでいる最中だとか死と直面したそのときに、喧嘩をしたことやひどいことをされたことに腹を立てるかというと、きっとそんなことはないだろう。

それよりも残った人たちにしっかり生きてほしいとか、笑顔ですごしてほしいとか、しあわせを願うんじゃないだろうか。

未来を知らないからこそ

コピーライト 幡野広志

photo yukari hatano

きみと結婚したきっかけは9年前の震災だったとおもう。ぼくたちだけでなく震災をきっかけに結婚をした人ってけっこういたけど、あの日にもしも震災がなかったら結婚をしなかったのかなってたまに考えます。

震災の有無とは関係なくたぶん、きっといつか結婚をしていたとおもうんだけど、もしも未来を知る能力があったとしたら、たぶん、たぶんだけど結婚はしなかったとおもう。

それは病気のことがわかったり、これからさきお互いにどんな異性と出会うかわかったり、仕事のことや収入のこと、社会のことなど未来が知れたら、ぼくは人生をいいとこどりしてしまうとおもうんです。

後出しジャンケンみたいなズルさなんだけど、未来がわかってしまうと減点方式でものごとを見てしまうとおもう。

さいきん婚活中の女性の話をきくことが何度かあったのだけど、婚活でたくさんの男性と出会っても、結婚が前提ということだから気になるところがあると、なかなか恋愛に発展しないそうだ。

きっとすこし先の未来が見えたことで、100点満点の理想男性から減点しているのだとおもう。婚活ではなくちがった別の形で出会えば減点式ではなく加点式になるので、結婚に結びつきやすいのかもしれない。

未来を知ってしまうと自分のことも、きみのことも減点してしまいそうだ。
未来を知らないから、加点して築くことができるのかもしれない。

震災の日に亡くなった人は、9年後に新型ウイルスが世界で猛威をふるうことを知ることができない。ぼくは自分が死ぬことをあまり悲観してないけど、10年後に世界がどうなってるのか知れないのがとても残念だったりする。

知ることができるのは生きている人の特権で、本当にうらやましいことだったりする。

でも未来を知れないからこそ、人生がたのしいのかもしれない。
ぼくだって昨日亡くなった人からすれば、今日生きている人だ。
しっかり生きなきゃなっておもいながらも、やっぱり疲れない程度に生きたいよね。

また書きます。

コピーライト 幡野広志


なんで僕に聞くんだろう。幡野広志
幡野広志『なんで僕に聞くんだろう。』
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3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi