僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

自分にないものを、子どもに。|幡野広志「ラブレター」第29回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。

爽快感・風量・視線10倍増し

コピーライト 幡野広志
外車のオープンカーを購入した。まだ納車されて一週間ほどしかたっていない。

外車のオープンカーってちょっとイヤミな成金っぽい感じがするけど、成金って歩が敵陣にはいって金に昇格するってことで、キングダム的ないい話なんだけどね。

そもそも中古で購入したので新車の軽自動車よりも安い。新車の軽自動車が街中を走行していてもなんともおもわないのに、なんでオープンカーだとちょっとイヤミな感じがしてしまうのだろう。

もしかしたら屋根がないと、謙虚さまでないように見えるのかもしれない。

オープンカーを運転してる人ってだいたいスカしたサングラスしているけど、あれは眩しいだけだ。だって屋根がないから。

そして交差点を曲るときは歩行者から野生のクマでもみたように注目されるので、ちょっと恥ずかしいからサングラスは必要だ。右折はそんなにみられないけど、歩行者との距離が近い左折はほぼ全員みてくる。

オープンにしていると音楽が聞こえないし、周囲に聞かれても恥ずかしいのでボリュームは下げるし、走行中にゴミが飛んでいったら大変なので車内は綺麗にする。

左折時に車内が丸見えなのでゴチャゴチャさせるのはちょっと恥ずかしい。すべてのやんわりとした恥ずかしさを防御してくれるのが、ファッションではない実用的なサングラスと謙虚さだ。

ぼくはいろんなガン患者さんや医療従事者と会うことがあるけど、ガンになってからオープンカーを買ったというエピソードを一度も聞いたことがない。もしかしたらけっこうめずらしいタイプなんじゃないだろうか。

「ガンになっても自分らしく」とか「ガンと一緒に生きる」みたいな言葉があるけど、それをリアルに体現するとこういう感じになる。オープンカーを買ったおかげで、謙虚にいっても人生のたのしさがアップした。

ありきたりな感想だけど、爽快感がとてもある。暑くも寒くもない日に窓を開けて運転するときの爽快感が10倍増しという感じだ。風量と視線も10倍増しだけど。

息子が助手席、妻が後部座席にのってドライブをした。息子はとてもよろこんでいる、後部座席は風の影響が強いのか、妻の髪がボサボサだ。後頭部をこちらに向けているのか?ってぐらい、顔に髪がかかっている。

今月は息子と妻の誕生日だ。オープンカーでどこかに旅行でも行きたいなんて考えているけど、きっと妻は屋根のある車で旅行に行きたいとおもっているはずだ。

ところで誕生日おめでとう。

コピーライト 幡野広志
今月、旅行どこに行こうか?あんまり遠出をすると自粛警察の他県ナンバー狩りに遭いそうだから近場がいいかなっておもったけど、コロナ情勢と自粛警察の動向で最終的には決めようかとおもってます。自粛警察っていう現代の山賊に遭遇しないにこしたことはないよ。

ところで誕生日おめでとう。いくつになるんだっけ?年齢を重ねるとぼくは自分の年齢を忘れることがよくあるんだけど、キミの年齢も忘れちゃうんだよね。それで毎回キミの年齢を聞いて驚いちゃったりするの。

えぇ!?もう35歳なの?みたいなやりとりを5年前ぐらいから毎年繰り返すのだけど、平等にみんな年齢を重ねているのだから、あんたも同じだろってキミはおもっちゃうよね。

年齢を重ねるということは、経験を重ねるということなんだとおもう。ぼくは自己肯定感がとても低い。自己肯定感が低いことの最大のデメリットは自分を認めることができないことだ。自分を褒めることができなかったり、誰かが褒めてくれてもそれを信用することができないんだ。

年齢と経験を重ねることで、自信を持つことはできた。仕事で撮影していても、いままでに勉強した知識や技術が経験があるから、どんな仕事だろうが緊張もせずにやりとげることができる。それが実績になって自信につながっている。

若いころだったらプレッシャーで吐いているかもしれない仕事でも、いまでは無駄な緊張をせずに緊張感だけをもって本領を発揮できている。これは、まぎれもなく自信があるということだとおもう。

でもどんなに自信を持つことができても、自己肯定感というのは上昇しない。ぼくはてっきり自信と自己肯定感というのは比例するものかとおもっていたし、自信と自己肯定感すらをごちゃまぜにしていたけど、どうやら自信と自己肯定感は別物だ。そして自信の持ちかたと自己肯定感の上げかたの方法は違うようだ。

コピーライト 幡野広志
結局のところ、子どものころにどれだけ周囲の大人から、存在を認めて承認してもらってきたかということが、大人になっても影響をするってことなんだろうね。

ぼくもキミも抜群に自己肯定感が低いけど、そんな両親のもとにいる優くんは自己肯定感に満ちあふれているよね。自己肯定感の低い大人でも、自己肯定感の高い子どもに育てることはできる。自分にないものを子どもに与えるってできるんだね。

自己肯定感がある人になるように意識をして子どもに接した結果だけど、自己肯定感って大人になって自分であげるよりも、子どものときに大人があげるほうが劇的にかんたんなんだよね。

真水に塩をいれればしょっぱくなるし、牛乳をいれれば白くなるけど、豚汁みたいな大人をコーンスープにするのは大変だ。30年後の未来が自己肯定感をしっかりと持った人たちであふれるような社会になっているといいよね。きっといまよりもいい社会になってるよ。

また書きます。

コピーライト 幡野広志



成長の背中を押すこと|幡野広志「ラブレター」第28回

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3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi