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ぼくの憲法にしていること。|幡野広志 連載「ラブレター」第21回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ36歳の一人の写真家による、妻へのラブレターである。

たとえ息子がミルクをこぼしても

コピーライト 幡野広志
濃い目のエスプレッソを氷のはいったグラスにいれて、たくさんのミルクをそそぐ。いつもとおなじアイスのカフェラテができる。妻は甘いカフェラテが好きなのでいつもガムシロップをいれる。夫婦そろって猫舌なので、ホットのカフェラテをのむときは雪がふった日ぐらいだ。

「おとーさん、コーヒーのむ??」
今朝のアイスのカフェラテは息子がいれてくれた。

冷凍庫をあけてアイスクリームの誘惑に負けずに、お父さんの好きなグラスに氷をいっぱいいれて、エスプレッソマシーンを操作する。ミルクをたっぷりといれてくれるけど、1Lの牛乳パックをそそぐのがむずかしいのか、だいたいミルクがこぼれる。

子どもの行動なので失敗をすることのほうがおおいし、時間的にもおそい。
3歳児の息子がやるよりも、36歳児のぼくがやったほうがまだ失敗もすくないし、時間的にもはやい。でも息子がやりたいことならやらせている。

子どもがやりたいことをやらせずにぼくがやっていれば、息子は4歳になっても14歳になってもコーヒーはいれられないだろう。ミルクをこぼしても、ぼくは絶対に怒らない。息子の失敗を怒らないということを、ぼくの憲法にしている。

怒らないでこぼしたミルクを拭き取ることを教えている。子どもにとってミルクをこぼすことは失敗なのかもしれないけど、人生なんて失敗の連続だ。
ぼくだってたくさんの失敗をして生きてきて、死にかけている。

いま書いているこの原稿も、ほんとうは昨日の夜に書こうとしたけど睡魔に負けた。
朝早く起きてから書けばいいやと寝てしまい、早朝の4時から5分おきにセットした10個のアラームを4時10分には「ヘイSiri、アラーム解除して。」のひと言ですませて二度寝して、7時に息子に起こしてもらった。失敗というよりもガムシロップのように自分に甘いのだ。

人生に失敗はつきものなのだから、失敗に対処する力が大切だ、そしてできれば自分に甘く生きたい。そのためにいまとてもはやいタイピングをしている。

失敗を怒っていたら子どもは萎縮して対処ができなくなり、失敗を恐れる大人になってしまうのではないかとぼくは考えている。失敗が怖くてやりたいことができない大人になってしまうのではないか、もっと悪くいえば誰かの失敗をよろこんだり、わらうような大人になってしまうのではないか。

息子には自分の失敗を恐れずになんでも挑戦してほしいし、誰かの失敗を許すような人になってほしい。そのための教育としてぼくは息子の失敗に怒らずに、対処することを教えている。

教育というのは目的にあわせて、手段や方法をえらぶことなのだとぼくはおもう。甘いカフェラテが飲みたければガムシロップいれるように、甘いカフェラテが飲みたいのに塩をいれる必要はないのだ。

甘いカフェラテをのむときに

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昨日、津田塾大学で講義をしてきたんです。教室で25人ぐらいの学生さんに教えるのかとおもっていたら、おおきな講堂で250人の学生さんがいるということを、講義のはじまる30分前に知ってグヘェとなりました。

もちろん担当者の学生さんからメールで伝えられていたのだけど、なんとなく甘い勘違いをしてしまう、いつものぼくの失敗です。津田塾大学は女子大なので250人の女子です、妙な居心地の悪さを感じたけど、男性がおおい場所にいる女性もきっと似たような感覚になるんだろうね。

なんとか講義はすんなりと終わって、その後に10人ぐらいの学生さんたちとお茶をしていろんな質問をされました。写真のことや、子どものこと、病気のこと、お金の稼ぎ方、将来の夢のこと、仕事のことなど、時間が足りないほどたくさん質問をされました。

「自分のやりたいことがわからない」という学生さんが何人かいました。ぼくはすぐに親に問題があるとおもいました。ある学生さんは子どもの頃から子どもが決めるべき事を母親が全て決めてしまったそうです、津田塾大学を選んだのも母親でした。

それでいて将来を自分で決めなさいと母親からいわれるそうです。将来を決めるというおおきな決断を下すには、それまでにちいさな決断を下していなければできません。国内旅行をしたことがないのに、いきなりインドあたりの国にひとり旅をするようなものです。

彼女にはコンビニで好きなお菓子を選ぶことからはじめたほうがいいよと伝えました。

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それができたらファミレスで好きな料理を選んで、好きな洋服を選んで、好きな本を選んで、好きな映画を選んで、好きな音楽を選んで、たくさんいる男性のなかから好きな男性を選ぶ、そして好きな事を勉強してほしい。

たくさんのちいさな自分の好きを探して選び直すしかありません。

親が自分の好きを子どもに押し付けてしまったり、失敗することを咎めていたら、自分のやりたいことがわからない大人になってしまうのだとおもいます。

もちろん彼女たちの母親たちだって、自分の子どもをやりたいことがわからない大人にするためにやったわけじゃなく、むしろ自分でなんでも選んで挑戦する子になって欲しかったはずです。

でも結果として甘いカフェラテをいれようとして塩をいれるような教育だったのだとおもいます。そして本当は塩なのにガムシロップだと信じているから、うちの子はダメだと塩をいれ続けてしまう。

きっと彼女たちは自分の好きな事をみつけて、挑戦をするまでに何年も何十年も時間がかかるとおもう、もしかしたら一生できないかもしれません。

これはぼくたちも肝にめいじるべきです。優くんはぼくたちの子どもだけど、それは優くんが子どもであるいまだけです。ぼくたちは宇宙ロケットのブースターのように、打ち上げには必要な存在なのだけど、ロケットが軌道にのったら切り離されるべき存在です。

燃料の切れたブースターがくっついていたら、ロケットも動きにくいよね。
そしてロケットをどこの軌道に向かわせてあげるかが大切です。
ぼくたちが月にいきたくても、優くんは火星にいきたいかもしれないからね。

教育って算数や国語や英語を教えるだけではありません、それはぼくたちよりも得意な学校の先生や塾の講師がいます、ぼくたちがするべき教育を考えましょう。
このことは甘いカフェラテをのむときに、すこしだけ考えてみてください。

また書きます。


きみがスイカを美味しそうに食べていると|幡野広志 連載「ラブレター」第20回

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3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi