僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

子どものことは褒めた方が圧倒的にいい|幡野広志「ラブレター」第43回

ありがとう、保育園の先生たち

コピーライト 幡野広志

1週間に1度は息子に手品を披露している。1歳からぼくの手品を見せつけているので、5歳の息子は少なくとも52週×4年の回数ぐらいは手品を見ていることになる。息子はいつもエイッ!っとマネをするけど上手くできない。当然だ、ぼくはタネをあかしたことは一度もない。これから先もタネをあかすつもりはない。

息子の素晴らしいところは、200回おなじ手品を見ようと驚いて褒めてくれることだ。たぶんそれは、息子の周囲にいる大人たちが、息子が絵を描いたり歌をうたったりしたときに、驚いて褒めてくれるからだろう。つまり保育園の先生が素晴らしいのだ、ありがとう先生たち。

息子がエド・はるみさんのギャグをするようになったけど、それはまぁアレとしても、保育園の先生たちには感謝しかない。エド・はるみさんのギャグが悪いわけじゃない、芸人さんのギャグを素人がそのままマネをして、笑いがとれると勘違いしてはいけないのだ。ブラッシュアップしないかぎり、ただの義理笑いだ。

10年ぐらい前に、仕事の打ち上げで乾杯するときに音頭をとった人が「ルネッサーンス!」と声高々にやったことがある。場所は銀座の寿司屋だ。ザギンのシースーでルネッサンスだ。地獄の打ち上げがはじまったとおもった。音頭をとった人が偉い人だったので、みんな笑顔と大きな声で「ルネッサーンス!」とやっていた。

大人も子どもも摂取した食べ物や飲み物で身体的な成長をするけど、かけられた言葉で心は成長をするのだろう、そんな根拠のないことをしみじみと考えてしまう。周囲の大人が息子のことを鼻で笑えば、きっと息子も手品を鼻で笑うようになるだろう。

もちろん息子を飽きさせないためにも、ぼく自身の技術向上のためにも、新しい手品だって披露する。スプーン曲げを披露したときは、あまりにも衝撃的だったのか、しばらく口をきいてくれなかった。

この日も息子に手品を披露していた。手に持っていた500円玉がいつの間にか消えるという手品だ。なんてことはない、手の甲に500円玉をサッと隠しているだけだ。息子は驚きながらも、ぼくの手のひらをペタペタさわりながら探している。

500円玉を探していた息子が「ゆうくんの手、おとうさんよりもおおきいよ」と手の大きさ比べをはじめた。キミの手がお父さんよりも大きかったら、嫌だよと内心おもいながら「そうなんだ、すごいじゃん」と返事をする。

こういうのって間違いなく、いましかできないことなんだろうな。そして、手の大きさ比べや息子の驚く顔が嬉しくて、手品のタネあかしをするつもりがなくなってしまう。

保育士のキミには釈迦に説法なんだけど

コピーライト 幡野広志

かける言葉で子どもが成長をしていくのはおもしろいよね。例えば優くんはレゴにハマってるけど、作ったレゴを褒めれば褒めるほど、どんどんレゴにハマっていきます。ジブリ映画を見てもゲームをしても、絵本を読んでもそこからヒントを得てまたレゴを作ります。それをまた褒めれば、また頑張ってレゴを作る。

写真家的な視点で見れば、レゴ以外のことから吸収してそれをレゴに反映しているわけですから、とっても素晴らしいですよ。写真だって写真以外のことから吸収することが大切なんです。きっとほとんどの芸術はそうだよ、何かから吸収しないとできません。レゴは無意識に芸術を教える、とてもいい教材だとおもいます。

ぼくは子どもの頃に周囲の大人から褒められた記憶はほとんどなくて、鼻で笑われてばかりでした。それが原因なのかわからないけど、大人になって仕事でたくさん褒められても、素直に受け止められることができない大人になりました。100褒められても自分の中で勝手に減額して60とかになっちゃうんだよね。

「お前も大人になったらわかる」なんていわれたりもしたけど、親になってわかったのは子どものことは褒めた方が圧倒的にいいってことです。だって大人になって褒められたときに、減額しないですむからね。すごい極端なことをいえば、減額したぶん人生を損しちゃうんだよね。

「大人になったらわかる」は「大人になったらバレる」でもあるわけで、大人が子どもにマウンティングできる最後の切り札なんだけど、こんな言葉つかわない方がいいよね。これをいわない人の方が、大人になったときにその人の人柄の良さがわかるし。

保育士のキミには釈迦に説法なんだけど、子どもは言葉で成長するとおもいます。それは優くんを見てても、大人になった自分を見てても、ザギンのシースーでルネッサンスする偉い人と乾杯してもおもいます。

また書きます。

コピーライト 幡野広志

10年後はきっと忘れてしまうけど|幡野広志「ラブレター」第42回

10年後はきっと忘れてしまうけど|幡野広志「ラブレター」第42回


優くんはどんな成長をするのだろう|幡野広志「ラブレター」第27回

優くんはどんな成長をするのだろう|幡野広志「ラブレター」第27回



幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi