僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

10年後はきっと忘れてしまうけど|幡野広志「ラブレター」第42回

まるでムツゴロウさんのように

コピーライト 幡野広志
上野にある国立科学博物館に家族でいった。博物館には動物の剥製も骨格標本も、恐竜も草花も虫も化石も、1日では遊びきれないほどなんでもある。きっと子どもは大好きだろう。

ぼくは狩猟をしていたので動物に多少は詳しい。息子は鉱物に興味があるようだ。

どこを狙撃すればいいか、どの動物が美味しいか美味しくないか、動物の習性や罠の掛け方まで、教科書にのってないだろうハンターの視点で息子にいろんなことを教えられる。息子にはお父さんがハンターだったことは伝えてある。

だけどどうもフジテレビで放送される『逃走中』のハンターとごっちゃになっているようだ。スーツを着てサングラスして走るアレだ。「おとうさんハンターなのにサングラスしないね」と息子に指摘される。

緊急事態宣言中で入場制限をしてガラガラに空いていることもあって、来場者としてはありがたい。博物館にしてもディズニーランドにしても飲食店にしても、コロナ前のような激混みの場所に耐えられるのだろうか。コロナ禍ですっかりとワガママボディーになってしまった気がする。

博物館についてまず動物の剥製を見にいった、ぼくの鉄板コースだ。たくさん並んだ剥製は動物園よりも迫力がある。息子もさぞ驚くだろう…とおもったら、息子はいちべつをくれるだけで、スタスタと通過する。宇宙エリアも水中動物エリアも、興味がない政治家が視察をしているときのような通過ぐあいだ。

体調でも悪いのかと息子に聞くと「はやく石みにいこうよ」とせかされた。「うぁぁぁーーーー、キレイだねーーー!!」。鉱物エリアに到着すると、人が変わったように興奮をする。興味がない政治家だったのが、動物を愛でるムツゴロウさんのように変化した。

息子が鉱物を好きになったのは、ぼくと一緒に河原で石や割れたガラスを探し集めたのがきっかけだ。河原で石を探したきっかけはゲームの『マインクラフト』がきっかけだ。息子が『マインクラフト』に興味をもったきっかけはユーチューバーさんのゲーム実況だ。

ありがとう、まいぜんシスターズさん。そして息子を釘付けにしてくれた国立科学博物館さん、ありがとう。

息子は鉱物の写真をたくさん撮っている、写真というのはその人が好きなものしか撮らないものだ。よほど鉱物が好きなんだろう。「優くんは鉱物が好物なんだね」と死刑に値するようなオヤジギャクを息子にかましたのだけど、ちょっとまだ息子には理解できなかったようだ。

無駄遣いはお父さんのお金でやればいい

コピーライト 幡野広志
ぼくは親が子どもになにか教えるものだと、てっきり勘違いしていました。人生経験が子どもよりも30年ぐらい長いわけで、美味しいものもたのしいこともわりとたくさん、大人なので知っているつもりだったから、それを優くんに教えてあげようとおもっていたんです。というか優くんになにか教えたかったんだろうね。

だけどいまではぼくが優くんに鉱物のことを教えてもらってます。優くんはまだ知識的なことは知らなくても「キレイだねー、すごいねー」という一番大切である感動の部分が爆発しています。ぼくは優くんをきっかけに、鉱物のことを勉強しているのだけどなかなか楽しいです。今度ハンマーとシャベルを持って川でマインクラフトごっこをする約束をしました。

だからといって鉱物好きを趣味にするだとか、仕事にするだとかそんなことはどうでもいいんです。サラッと飽きて三日坊主でもいいんです。お金の無駄遣いはお父さんのお金でやればいいんです。

「子どもはすぐに忘れてしまう」。そんな言葉をさいきん見かけました。言葉の意図はわからないけど、そりゃそうでしょう。ぼくだって3日前のお昼に何を食べたか覚えていません。大人だってすぐ忘れます。先月どんな仕事をしたかも覚えていません。

だけど今日のお昼に何を食べたかぐらいは覚えています。ぼくと君のお昼ごはんと優くんの給食が、みんなの夜ごはんとかぶらないようにしています。優くんはきっと家族で博物館にいったことも、お父さんと川で石を探したこともたぶん10年後は覚えていません。

ぼくだって10歳のことを全部覚えていません、そういうものです。だけど1年後は覚えているでしょう。その記憶を燃料にして、またあたらしい体験をしてそれがまた記憶の燃料になります。

記憶というのは食事とおなじで、食べ続けて消費していくものだとおもいます。全部なんて覚えていられないから忘れてしまうけど、食事が体の成長になるように、記憶が心の成長になるのだとおもいます。

10年後はきっと忘れてしまうのだけど、1年は燃料になるようにいろんな思い出をつくりましょう。

また書きます。

コピーライト 幡野広志

お父さんの味。|幡野広志「ラブレター」第41回

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優くんがぼくに答えを教えてくれる|幡野広志「ラブレター」第34回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi