僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

お父さんの味。|幡野広志「ラブレター」第41回

楽に美味しくたのしく

コピーライト 幡野広志
ぼくは料理が趣味だ。クックパッドは有料会員だし、レシピ本もたくさんもっている。キッチンには塩だけで4種類、スプーンやフォークで代用しがちなポテトマッシャーも所有している。卸市場でめずらしい肉を買ったり、過去には鴨や鹿を獲ってきたり、生きた軍鶏を仕入れて捌いたりもした。

今夜は息子にから揚げをオーダーされた。金、赤、黒色が使われたパッケージデザインのから揚げの粉を選ぶところからはじまる。から揚げ粉でこの色使ってりゃ、だいたい美味しい。やろうとおもえばニンニクをすりおろして、オリジナルの漬けダレをつくったり。米油で揚げることだってできる。

でもスーパーで売ってるから揚げ粉とサラダ油かキャノーラ油でいいのだ。なぜならとっても楽だからだ。

料理をするときはかならずスリッパをはく。うちのスリッパは皮製だ。万が一、包丁が落ちても足に刺さらず弾く。もちろん指を切らないようにも気をつける。血液をサラサラにする薬を服用しているので、指を切ると笑ってしまうほど血が止まりにくい。

油を加熱するまえに、スプレータイプの消化剤を目視で確認する。万が一、油が引火したときにパニックになって消火剤が見つからないという事態を防ぐためだ。料理で大切なのは、ケガと事故を防ぐことだ。免疫力が弱めな病人なので回復力も弱いし、ケガや火傷から感染症にもなりやすい。病人にとって料理はリスクがあるのだ。

本当なら180度に熱した油に、から揚げ粉にまみれたもも肉を投入するんだけど、ぼくは火をかけてすぐにもも肉をいれる。そんな揚げ方をテレビで紹介していて、一度やったみたら油が跳ねなくて、楽だったのだ。味の違いはわからない。

それにポテトマッシャーはあるけど温度計が行方不明になったので温度も測れない。ちいさいスプーンとか不思議なほど行方不明になる。君たちはどこに隠れているのだ。

キツネ色になったぐらいで一度、トレーにあげる。そしてすこし休ませてから、再度180度ぐらいになった油でこんがりと二度揚げする。そんな揚げ方がクックパッドで称賛されていたのだ。味の違いはわからない。

味覚オンチというわけでなく、食べ比べたわけじゃないのでわからないという意味だ。自分でいうのはアレだけど、お腹まわりと一緒で舌も肥えている。それにどんな揚げ方をしようが、から揚げはだいたい美味いのだ。

揚げ終わったら油の凝固剤を投入して、鍋をコンロの奥のほうに移動する。万が一、息子に鍋が接触しないようにするためだ。

火傷や切り傷を負ったときの対処方法も定期的に学んでいる。ぼくが子どものころの対処方法と、現在ではまったく違う。火傷なんて180度ぐらいちがう。油の180度とかけてるんだけど、真逆じゃねーかってぐらい対処が違う。医療の進歩は素晴らしい。

から揚げをお皿にのせる。レタスをから揚げのクッションに敷いたりはしない。サニーレタスをまるまるひとつ、別のお皿に用意する。から揚げをキムチと一緒にサニーレタスにつつんでマヨネーズをつけると、とても美味しい。

コンビニのお弁当では見た目的にいいのかもしれないけど、レタスをから揚げのクッションにするのは実用的ではない。家で香水をつけなかったり、部屋着と外着をわけるようなものだ。から揚げの下にあるヘロヘロになったレタスは、クッションではなくファッションといってもいい。あれは見た目だけのファッションレタスだ。

そんなことを食事中に力説する、ちょっとめんどくさいタイプのお父さんだったりする。ケガをしないで、イライラしたりもせず、楽に美味しくたのしく会話しながら食べることが、料理のいちばん大切なことなんだとおもう。

「お父さんの味」はありません

コピーライト 幡野広志
父の日にキミと優くんがまな板をプレゼントしてくれてうれしかったです。ありがとう。最初はヒノキ風呂かよってぐらい木の香りがしたけど、いまは落ち着きました。あたらしいまな板に包丁の跡が日々増えています。

キミと優くんが美味しそうに食べてくれるので、料理がたのしいです。ほんとキミたち反応がいいよね。ディスったりバカにしたりしないし。家族ながらいい人たちなんだなっておもいます。

本当は料理をするのにはリスクがあるけど、キミがそれを制限しないことはとてもありがたいです。病人になると周囲が心配しすぎて、好きなことや出来ることも制限されて、なにもさせてもらえないって人もいるんだよ。

病気になってもまだ出来るのに、好きなことを制限されたら人生のつまらなさに拍車がかかるよね。ど直球でいっちゃうけど、死にたくなるよ。

人は好きなことを、好きな人のためにしているだけで、人生がたのしくなるもんだよ。つまり生きたくなるよね。

将来ぼくがいなくなって、優くんがお父さんのから揚げを食べたいと涙があふれそうな無理難題をいわれたら、日清の粉を使ってください。

お父さんの料理はスーパーの品揃えと、その日のこだわり度と気分によってかわかるので、現実的には「お父さんの味」はありません。クックパッドの上位レシピがだいたいお父さんの味です。

ぼくも一人だったら料理をしないんですよ。一人でお昼のときはウーバーか、関西版のどん兵衛を食べています。料理をするようになったのは結婚をしてからだし。誰かのために作りたいんだろうね。

また書きます。

コピーライト 幡野広志

キミに美味しいものを食べてほしいんだよなぁ|幡野広志「ラブレター」第40回

キミに美味しいものを食べてほしいんだよなぁ|幡野広志「ラブレター」第40回


3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回



幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi