僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

最大のプレゼントは安心だとおもう|幡野広志「ラブレター」第46回

「いい子にしてると」は子どもだまし

コピーライト 幡野広志

もうすぐクリスマスだ。うちはクリスチャンではないけれど、誰かの誕生日を祝うのは大好きなので、キリストの降誕を祝う準備をしている。

クリスマスツリーを飾ったり、息子がケーキを食べないのでアイスケーキを予約したり、ぼくがクリスマスにフライドチキンを食べることに疑問を抱いているのでターキーレッグを注文したり、息子はサンタさんに手紙を書いている。

この時期になると、子どもたちは「いい子にしてるとサンタさんがやってくるよ」と大人たちから耳の穴にサンタが入ってくるほどいわれる。ぼくも子どもの頃によくいわれたことだし、息子は保育園でよくいわれるそうだ。

これは道徳的な教育の一つなのだろうけど、ぼくは島根県の教会で司祭をしている友人の大西神父の「クリスマスはどんな人にも訪れます」という言葉をおもいだす。ミサを撮影しているときにこの言葉を聞いて、なんて寛容な世界なんだろうと目から聖水が流れるような気持ちになった。

クリスマスという一つの行事も、教育者の視点と宗教者の視点とでは導き出す言葉がまったく違う。大西神父の影響でぼくは息子に「いい子にもそうじゃない子にもサンタさんはちゃんと来るよ」と教えている。息子はすこしホッとした表情をする。

そもそも息子はすでにサンタさんの存在に疑念を抱いている。決定的だったのは去年、保育園のクリスマス会に登場したサンタさんが保育園の先生だったことだ。例年ならば外部からサンタさんを呼んでいたのが、コロナの影響なのか内部の人材でどうにかしなければならなかったのだろう。

「いい子にしてるとサンタさんがやってくるよ」という言葉が有効なのは、子どもがサンタさんの存在を信じているときまでだろう。すこし悪くいえばすぐにバレる子どもだましなのだ。

「クリスマスはどんな人にも訪れる」という言葉だって、他の信仰心を持つ人にとってはウソなのかもしれない。最終的には何を信じるかという、まさに宗教の話になっていくのだけど、ぼくはこの言葉が好きで信じている。

ぼくはラジコンがほしいです

コピーライト 幡野広志

サンタクロースって大昔の教会にいたニコラウスという司祭がモデルらしいです。ニコラウス…ニコラウース…サンタクロースって伝言ゲームみたいに訛ったのかもね。

子どもを売らなければならないほど貧しい家庭があって、ニコラウスさんは金貨をその家の煙突に投げ込んだそうです。金貨は暖炉のそばにあった靴下に入って、おかげで子どもを売らなくてすんだというエピソードがモデルになってるそうです。

前々から知ってるように書いたけど、いまググって知りました。

でもこのエピソードって一歩間違ったら大失敗だよね。金貨が煙突に入らなかったらアウトだし、暖炉の灰に紛れたら見つからないし、もしかしたら子どもを売ってしまったあとで金貨の存在に気づくかもしれないよね…。

でもニコラウスさんも面と向かって金貨を渡せない理由があったんだろうね。他にも貧しい家庭はいくらでもあっただろうし、金貨をニコラウスさんから貰ったってバレたら強盗が来たり、妬まれるかもしれない。もしかしたら親としての面目を保ってあげたかったのかも。そしてこの親が金貨があれば子どもを売らないっていう確信もあったんだろうね。

真相はどうあれ、この貧しい家庭の人は金貨を手にするまで親も子どもも不安でいっぱいだったろうね。ニコラウスさんのエピソードと大西神父の言葉を考えると、ぼくはクリスマスに必要なのは不安の解消だなっておもうんです。

物質的なプレゼントもいいけど、本質は不安を解消して新しい年を迎えることがプレゼントなんじゃないかな。クリスチャンでもなんでもないから知らんけど。

「いい子にしてるとサンタさんがやってくるよ」だと不安を煽ってるような気がしてぼくは好きになれないんですよ。大人も子どもも人の行動を簡単に誘導する方法は不安を煽ることなんだよね。不安を煽れば物は売れるし、オレオレ詐欺だって不安を煽ってるわけだし。お化けや鬼がでるぞ!ってのも不安を煽る言葉だよね。

戦争とか災害とか国のことじゃなくて、家庭や個人の話だけど、ぼくは平和って不安がないことだとおもってるんです。不安を排除していくとどんどん家庭は平和になる。キミと優くんへの最大のプレゼントは安心だとぼくはおもってるんです。

とはいえ安心だけがプレゼントだとキミたちも納得せんだろうから、プレゼントなんでもリクエストしてください。ぼくはキミから安心を貰っているのでプレゼントはいらないのだけど、水たまりとかも大丈夫なオフロードっぽいラジコンがほしいです。優くんと公園で遊びたいです。

また書きます。

コピーライト 幡野広志
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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi