もしあなたが今、余命3年と宣告されたら。残された時間の中で、何を思い、何を考え、どんな行動を起こしたいと思うだろうか。それがもし、愛する伴侶と、子どもを残して死を迎えることがわかったとしたらー?
余命3年の末期癌と宣告された写真家、幡野広志さん。この連載は、2歳の息子と妻をもつ35歳の一人の写真家による妻へのラブレターである。
息子から”せんせぇ”と呼ばれた
“先生”と呼ばれることがここのところ急激に増えた。
ぼくは病人なので“先生”と呼ばれる人を最初に医者をイメージする。だから正直なところあまり居心地は良くない。写真家にも先生と呼ばれる人はいるが、先生と呼ばれる写真家ほどたいしたことがない人が多いので余計に居心地が悪い。
ただ、先生と呼んでくる人からすると、年齢の上下に関わらず敬意を表せることと呼び間違いの心配ないので楽なのだそうだ。とにかくポッと出の先生だけど、ぼくは先生と呼ばれても嫌な顔をせず、それでいて天狗にもならないように気をつけなければいけないなと日々思っている。
ところがさいきん息子までがぼくのことを先生と呼ぶ。“せんせぇ”ととても可愛い感じなんけど、息子よ、お前もかと衝撃を受けた。医師からガンを告知されたときと並ぶくらい衝撃的な出来事だった。
先生という言葉は悪い言葉でもなんでもないのだけど、あまりにも衝撃的でそんな言葉どこで覚えたんだい?と息子に聞いてしまった。2歳の息子から先生と呼ばれるのは、距離感がハンパない。
すると妻が“保育園で先生ってたくさん呼んでるからだよ。”と教えてくれた。小学生が学校の先生をお母さんやお父さんって間違えて呼んじゃったりする、あれの逆パターンだったようだ。先生と呼ばれても勘違いもしないように気をつけなければいけない。
4月に保育園に入園してもう半年、息子はずいぶんと成長した。息子にとって保育園の先生たちは、ぼくと妻以外で日常的に関わる大人だ。先生たちと一緒に育児をしていると言っても過言ではなく、先生たちには頭が上がらない。
あぁ、だから保育士さんって先生って呼ばれるのか。そんなことをいま書いていて気がついた。
来年は君もカメラを持って行こう
“優くん運動会”ってカレンダーに君が書き込んでいたから、なにがなんでも運動会の日は休もうと心に決めていました。
雨の影響で運動会の会場が小学校の体育館になり、初めて入る小学校に優くんも緊張して泣いていたけど、先生たちが作ってくれた妖精みたいな服と帽子を配られて、優くんに着せると楽しそうに遊びだしたからちょっとしたことで気持ちが変化するものだと実感しました。
1歳児クラスの親子遊戯の順番になって、君と優くんが蒸し暑い体育館の中央でよくわからない踊りをしているところを遠くから写真を撮っていると、一瞬だけぼくがいない世界に2人がいるような感覚になります。
これは病気になってからよく感じる感覚です。ちょっとさみしい感じもするけど、楽しそうにする優くんと君がそこにいるとぼくはホッとします。そんな2人の写真が撮れて幸せだとも思います。
ぼくは写真家なので写真を撮るのは苦手ではないのだけど、前日になってテレビCMの影響でも受けたのか君が“ちょっと動画もほしいんだよねー”なんて言い出したから、変なプレッシャーを感じながら運動会の会場にいました。
写真用のカメラと動画用のカメラの2台で運動会に挑もうかと思ったけど、普段の仕事でもそこまでやらないのでやめておきました。君がクライアントになると妙な緊張をします。
そして“ちょっと動画もほしいんだよねー”なんて軽く言うクライアントはあまりいいクライアントではありません。そりゃもちろんできないことはないのだけど、寿司屋にフラッと入って大将に“ちょっとマグロ解体してほしいんだよねー”と言っているようなものです。
けっきょく1台のカメラで運動会にきたけど、来年はぼくが1台、君も1台持って行きましょう。
また書きます。
幡野広志
はたの・ひろし
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi