僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

あまりにも感慨ぶかくて、つい|幡野広志「ラブレター」第52回

ダサいって感じたときが成長なのだ

コピーライト 幡野広志

息子のランドセルを買いにいった。「好きなものを好きなだけ買いなよ」と7割本気、3割冗談で息子に伝えると「ランドセルはひとつでしょ」と常識的なツッコミが息子から返ってきた。

本当に2つ買ってもいいのだ。ひとつは挑戦的な色とデザインのランドセル、もうひとつは落ち着いたランドセルで気分によって変えてもいい。ぼくだってカバンやカメラを気分で変えているし、ランドセルは制服じゃない、自由でいいだろう。

息子が選んだランドセルは、観光地のお土産コーナーにありそうな、西洋の剣にドラゴンがからみついた世界観のランドセルだ。ランドセルのソムリエみたいな店員さんいわく、騎士のようなデザインのランドセルが男児にいちばん人気だそうだ。

これは5年生か6年生になる頃には恥ずかしいやろ…と大人ならすぐに答えがわかる。だけど恥ずかしいと感じたときに中学生っぽいデザインのカバンか、落ち着いたランドセルでも買えばいいのだ。

息子が選んだランドセルではなく大人っぽい洗練されたデザインのランドセルを買うことは、赤子の手をひねるぐらい簡単だ。だけど年齢相応のダサさを経験して、実年齢よりもちょっと上のかっこよさを求めて段々とかっこよくなっていく。ダサいって感じた時が成長なのだ。

勝手な想像だけど小学生で騎士のダサさを経験して、好きなものを所有する欲求も満たされれれば、成人式で桃太郎のように模造刀を振り回すようなことにはならないような気がする。

学習机も買いにいった。ランドセルが騎士だから机は中世の城になるだろうと予想していたら、そもそもいまの学習机はぼくが子どもの頃と違って全体的にすっきりとしている。

息子が選んだのはオシャレな事務所かカフェにあるような木の学習机だ。大人でも余裕で使えるデザインだ。すごくいい机だったのでぼくもまったく同じ机を買って、息子の机と並べている。ぼくはパソコンで仕事をしつつ、隣で息子はひらがなの練習をしている。

一文字書けるごとに息子がぼくに報告してくるので、こちらの生産性は下がるのだけど、息子と一緒に机を並べていることがうれしくて、とても感慨ぶかいものがある。

一方的な期待はいつか勝手な裏切りになって

コピーライト 幡野広志
まだ優くんがアーとかウーとしか喋れないときにぼくが病気になってしまって、しかもそれがなかなか厳しめの病気で、ぼくは優くんのランドセルを買えないだろうなって思っていました。それがランドセルを買って机をお揃いにして並べているわけです。

これはぼくにとってすごく感慨ぶかいんですよ。よく日常のしあわせを失ってから気づいたりするけど、なかなか厳しめの病人からすると失う前の時間をいま生きているので、思考がちょっと変わるんだろうね。ただでさえ子どもの成長は感慨ぶかいわけで、そこに勝手にこちらの感慨ぶかさがあるわけです。

この感慨ぶかさはきっと誰にも理解されないと思うんです。もちろん君にも理解はできないと思います。逆にぼくは君の立場の感慨ぶかさを理解できていません。

感動ポルノが好きな人は家族の絆みたいなことをいいたがるし「自分のことは理解される、相手のことを理解できる」って期待する人もいるけど、それをやって関係が崩れたご家族を何組も知っています。一方的な期待っていうのはいつか勝手な裏切りになって、一方的な被害者意識にもなって怒るんですよね。

それよりも「自分のことは理解されない、相手のことも理解できない、だから会話する」ってことが大事なんだと思うんです。理解される理解できるの人たちほど、いわなくとも理解されると思ってるから会話しないんだよね。それが被害者意識に成長すると「そんなこともわからないのか」って怒るんだよね。

おもえば優くんがアーとかウーとしかいわない頃から君とはたくさん会話したよね。それがいつしか優くんも会話にまざるようになって、いまでは3人で話し合って物事を決めているわけですよ。いやぁ…やっぱ感慨ぶかいわ。

この感慨ぶかさもぼくの勝手な感情だからあまりいいたくもなかったんだけど、あまりにも感慨ぶかくてつい書いてしまいました。

また書きます。

コピーライト 幡野広志

この連載が本になります。

とてもとてもうれしいお知らせです。

この連載の第1回から第48回までをまとめた一冊「ラブレター」が、7月28日に発売されます。

要出典 幡野広志 ラブレター: 写真家が妻と息子へ贈った48通の手紙

さらに、この本の出版を記念した写真展「幡野広志のことばと写真展」が、7月16日から8月21日まで、渋谷PARCO 8階のほぼ日曜日で開催されます。
https://www.1101.com/hobonichiyobi/exhibition/5323.html
みなさんがもらって「うれしかった手紙」を募集・展示する催しも行われるので、こちらもぜひ、参加してみてくださいね。


ランドセルを背負う姿を見ること|幡野広志「ラブレター」第51回

ランドセルを背負う姿を見ること|幡野広志「ラブレター」第51回


優くんはどんな成長をするのだろう|幡野広志「ラブレター」第27回

優くんはどんな成長をするのだろう|幡野広志「ラブレター」第27回



幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi