母乳外来みつ院長の「365日のおっぱい」

母乳外来みつ院長の「365日のおっぱい」♯3 頻回授乳

ー神奈川県にある、1軒の助産院ー

「おっぱいが出なくて、足りているのか不安で」「授乳、授乳で寝る暇がなくて、もう限界です」

そんな悩みを抱えて、不安と緊張で張り詰めた表情のママが、くる日もくる日も訪れます。

これは、365日、ママと一緒に悩み、喜び、涙する、ある助産院の院長、みつ先生の日記です。

【♯3】終わらない頻回授乳

時計 夜中

曇り空の日のママとの出会い

そのママがやって来たのは、どんよりした空模様の日だった。

ママの表情が今にも雨が降り出しそうな空そっくりで、ひと目見ただけで、ママがどんな毎日を送ってきたのかわかってしまった。

そんなとき、わたしはいつも出会いに感謝するの。

ーママ、わたしを見つけてくれてありがとうー

ーママ、ここに来てくれてありがとうー

きっと、不安を大きく大きく膨らませて、抱えきれないくらいになってここに来たんだよね。

泣いたらおっぱいを飲ませているのに…

ママが抱っこして連れてきた赤ちゃんは、生後1ヶ月半。

見るからに小さくて、そして、赤ちゃん特有の満ち溢れるような生命力が感じられなかったの。

そして、ママも小さく小さく縮こまって、黙りこくったまま。キュッと硬く結んだ口元から、何かを拒絶しようとする雰囲気すらあった。

「ママ、今日はどんな相談があって来てくれたの?」そう声をかけると、ママは、一瞬体を強ばらせてから口を開いた。

「1ヶ月健診で、体重が全然増えていないって言われたんです」

「ちゃんとおっぱいを飲ませていますか?って」

「泣いたらおっぱいを飲ませてくださいって産院で言われたんです」

「だから…、だから、泣くたびにおっぱいをあげてきたんです」

「それなのに体重が増えていないって」

正しく伝えられない「頻回授乳」

産後うつ ママ ストレス
赤ちゃんが泣くたびにおっぱいをあげてきたのね。疲れきってヘトヘトなのに、赤ちゃんのために起きて、おっぱいをあげてきたのね。

ママ、少しでいいから休みたかったよね。

ううん、少しじゃ足りないくらい、うんと眠りたかったよね。

「赤ちゃんが泣いたらおっぱいをあげましょう」というアドバイスは、間違ってはいないの。

そして、「赤ちゃんがおっぱいを吸う刺激で、母乳がよく出るようになる」というアドバイスも、間違っているわけではないの。

でもね、ママと赤ちゃんの数だけ、授乳の様子も違う。だから、1人として同じアドバイスはできないと思うの。

産院でもらったアドバイスに、もう少しだけでも言葉が多かったらママはこんなに苦しまかったかもしれない。

正しく伝わらなかった「頻回授乳」

このママは1日に20回以上も授乳していたの。

「泣いたらおっぱいをあげましょう」「たくさん吸わせれば、おっぱいは出るようになるから」

この言葉を信じて、すがるようにして、赤ちゃんのために必死におっぱいをあげてきたのね。こんなに疲れきるまでガマンして…。

助産師であるわたしの使命。それは、ママと赤ちゃんが元気と笑顔を取り戻すための援助をすること。ママの希望を最大限に尊重して。

ママは母乳で赤ちゃんを育てたいんだよね。よし、わかった。

ママへの提案とあたたかい陽射し

励ます 握手
ママの目を見つめながら、ゆっくりと、言葉を選びながら語りかけた。

「ママ、たくさんおっぱいをあげてがんばってきたね。えらかったね。でも、健診で体重が増えていないって言われちゃったんだよね」

ママの表情を確認しながら、さらにゆっくりと話を続ける。

「赤ちゃんが大きくなるには、生後4ヶ月頃までは1日30gくらい体重が増えてほしいの。生まれて1ヶ月で1kg、次の1ヶ月でもう1kg、生後3ヶ月で生まれたときの倍くらいまで体重が増えて欲しいの」

ママは小さく口を動かしながら、わたしが語りかけた数字を反芻していた。

「赤ちゃん、やっぱり体重の増えが少ないよね」

そして、ママの手に自分の手を重ねてこう続けた。

「ママはおっぱいで赤ちゃんを育てたいのよね。だから、今はミルクを足して、赤ちゃんの体重を増やしてあげましょう」

ママは意味を考えながら、わたしの言葉をくり返す。「体重を増やす…」

「そう。体重が増えると、赤ちゃんは飲む力がついてきます。力がつくの。おっぱいを吸う力がつくの。その力をつけてあげましょう」

ママがわたしの目をまっすぐ見つめて、「はい。体重を増やして、おっぱいを吸う力をつけてあげたいです」と言った。

その顔は、もう曇り空なんかじゃない。あたたかい陽が差した、やわらかい表情だった。

頻回授乳は、こまめにあげることじゃないの

頻回授乳っていう言葉、ママたち、よく耳にしているよね。きっと、嫌っていうくらい聞いているんじゃないかな。

でもね、頻回って15回、20回っておっぱいをあげることじゃないの。

ママが夜、寝ている時間があって、授乳間隔が空いて1日5〜6回に減ってしまってはダメよっていうことなの。

1ヶ月健診までは、辛いけれど夜中も3時間ごとに起きて、1日8回はおっぱいやミルクを飲ませてねっていうこと。それが頻回授乳なの。

「夜は寝ちゃいけない」って思っているママもいるんだけれど、そんなことないのよ。だって、夜に寝ないと疲れちゃうじゃない。

ママ、ごはんをおいしく食べましょう。そして、水分もしっかり摂りましょう。心配ごとはしないでください。そして、休めるときはしっかり休んでください。

わたしがママに約束してもらいたいのは、この4つだけなのよ。



佐藤みつ

佐藤みつ

さとう みつ


1979年 神奈川県立衛生看護専門学校助産師科卒業。大学病院・個人病院での勤務、自治体の新生児訪問などを経て、「ママが気軽に立ち寄れる場所を作ってあげたい」という気持ちから、1993年に助産院「マタニティハウスSATO」を開業。分娩やおっぱいマッサージ、ベビーマッサージなどを行っています。「昔、取り上げた子がママになって、その子がお産をしに来てくれるなんて幸せでしょ?」


佐藤みつ

佐藤みつ

さとう・みつ

1979年 神奈川県立衛生看護専門学校助産師科卒業。大学病院・個人病院での勤務、自治体の新生児訪問などを経て、「ママが気軽に立ち寄れる場所を作ってあげたい」という気持ちから、1993年に助産院「マタニティハウスSATO」を開業。分娩やおっぱいマッサージ、ベビーマッサージなどを行っています。「昔、取り上げた子がママになって、その子がお産をしに来てくれるなんて幸せでしょ?」