僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

君と結婚してよかった。|幡野広志 連載「ラブレター」第5回


もしあなたが今、余命3年と宣告されたら。残された時間の中で、何を思い、何を考え、どんな行動を起こしたいと思うだろうか。それがもし、愛する伴侶と、子どもを残して死を迎えることがわかったとしたらー?
余命3年の末期癌と宣告された写真家、幡野広志さん。この連載は、2歳の息子と妻をもつ35歳の一人の写真家による妻へのラブレターである。

記念日は好きじゃないけれど。

連載 コピーライト 幡野広志

6月7日は妻の誕生日で結婚記念日だ。2011年に結婚したので7年が経った。一般的な結婚記念日というのは、入籍をした日なのか結婚式という盛大な飲み会を挙げた日なのかわからないけど、我が家では入籍した日としている。

2011年の6月7日は仏滅だったので、めんどくさい妻の親族達に日が悪いと文句を言われたが、妻が生まれた1985年の6月7日も仏滅であったと僕が主張するとみんな黙った。くだらない意見にはくだらない反論をするというのが僕の信条だ。相手の会話のレベルで反論をしたほうが話が早い。

そもそも記念日というものが僕は好きじゃない。だから少しでも記念日の類を減らすために妻の誕生日に入籍した。妻にとっては誕生日で、僕にとっては入籍記念日なので、うっかり忘れて喧嘩することを防止できる。

結婚式をした日がいつだったかは、もう覚えていない。式の打ち合わせで妻の親族が大安だの仏滅だの言ってたけど、結局なんの日だったかも覚えていない。

よく考えてみれば、僕は35年も日本に生きていながら、未だにGWの祝日がなんの日か覚えていない。子供の頃は、GWを「学校を休める」というだけで楽しみにしていた。息子にとって6月7日はお母さんの誕生日と親の結婚記念日だけど、美味しい料理と楽しい思い出を毎年作ってあげれば、毎年親の記念日を楽しみにしてくれるような気がする。

そして6月16日は息子の2歳の誕生日だ。息子の誕生日であり、妻が命をかけて出産した日であり、僕は生命の誕生に感動をした日だ。記念日は増やしたくないけれど、この日は大切にしたい。妻の誕生日と息子の誕生日をまとめて一緒にはしたくない。楽しく過ごして家族にとって大切な楽しみな日にしたい。

僕が死ぬ日は自分の誕生日がいい。誕生日に死ねば命日という記念日を減らせるし、悲しむのではなくて僕のことで思い出し笑いをしながら誕生日を祝って欲しい。

成長って、感動的だね。

連載 コピーライト 幡野広志

今月は君と優の誕生日です。毎日朝になると前の日に読んだであろう電動自転車のカタログがテーブルに置いてあるので、妙なプレッシャーを感じているけどプレゼントについては相談させてください。

あとチェーン系列のスタジオ〇〇みたいなコスプレ写真館のカタログもあるけど、あれって冗談なのか、もしくは僕の仕事に必要なマーケティング資料だよね?僕が優くんを写真館っぽくストロボできっちり撮ることもできるからね、撮影スタジオを借りればいいんだし遠慮なく言ってね。なんなら絶対にいい感じに撮れるからね?

もうすぐ親になって2年です。家族全員が2歳になるようなものです。君はどう思うかわからないけど、僕は一瞬のように早くてあっという間だった。このペースだと、きっとあっという間に成人しちゃうね。

優くんも君がトイレに行っただけでも大泣きしていたほどべったりだったのが、最近は少し自分の時間を大切にするようになったし、遊び相手に僕を選ぶことも増えました。自我が出てきてやりたいことと嫌なことがはっきりしてきてイヤイヤ期に突入したけど、自我が出るって順調に成長していることだよね。

次の段階は我慢することをゆっくりと覚えさせよう。“ 子育てはこれからが大変よぉ~”とか、子どものためと称して勝手なことを言ってくる親族や先輩風をピューピュー吹かした人たちがいるけど、これからどんどん楽になっていくと僕は思います。

首も座っていなくて、ミルクしか飲まない存在だったのが、いまでは自分で座って、スプーンを使って味噌汁のナメコをすくって食べています。成長って感動的ですよね。

君と結婚してよかった。

連載 コピーライト 幡野広志

いまが大変だと思う、でもこれからが大変になるわけじゃない。

風をピューピュー吹かした人がなんて言おうと、動画撮影の時に入り込む風切り音のような雑音です。思い出という記録には不必要な雑音だから耳を塞ぎましょう、気にしないでください。

君はきっと自分の子育てに不安を覚えているだろうけど、初めての子育てとは思えないほど、とてもよく出来ていて僕は助かっています。君と結婚してよかったと思っています。

さすが幼稚園の先生を10年勤務しただけのことはあります。君のおかげで優くんは名前の通り優しい子に育っています。よく笑い、よく怒り、感情表現が豊かな子になっています。

いつもありがとう、そしてご苦労さまです。来年の6月が、僕は今から楽しみです。

また書きます。


幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi