365日のおっぱい 小バナー

母乳外来みつ院長の「365日のおっぱい」♯5 産後うつ

ー神奈川県にある、1軒の助産院ー

「おっぱいが出なくて、足りているのか不安で」「授乳、授乳で寝る暇がなくて、もう限界です」

そんな悩みを抱えて、不安と緊張で張り詰めた表情のママが、くる日もくる日も訪れます。

これは、365日、ママと一緒に悩み、喜び、涙する、ある助産院の院長、みつ先生の日記です。

【♯5】あなただけじゃない、産後うつ

雨 産後うつ ストレス 

新生児訪問で出会った、2人のママ

今日のお話は、ちょっと悲しい内容です。でも、ママたちには知っておいてもらいたい、とっても大切なことなの。

わたしは、助産院を開業する前に地域の新生児訪問のお仕事もしていました。

いろんな赤ちゃんとママ、そしてときにはパパに会えるのが楽しくて、うれしくてね。個人病院に助産師として勤務しながら、自宅の一室でおっぱいマッサージをして、そして、その合間に新生児訪問をしていたの。

もう、15年以上も前のことだけれど、今でも忘れられないママが2人います。

新生児訪問をしたおうちのママで、とっても張り詰めたような、そして、両足でやっと踏ん張って立っているような不安定さがあったの。

「わたし、怖いんです…」

そのママがね、わたしにすがりつくようにして震える声で訴えてきたの。

「この間、すぐそこのおうちのママが、赤ちゃんを虐待しちゃったんです」

「私、怖いんです…」

「自分も、そうしてしまうかもしれない…って思うと怖くて怖くてしかたないんです」

ママを抱きしめながら「ママ、そんなことない!彼女には、彼女にしかわからない問題があったの。ママはみんな一緒じゃないでしょ?あなたはあなたなのよ」

そのときのわたしは、そう言うのが精一杯だった。

だって、赤ちゃんを虐待してしまったママに、わたしは新生児訪問で会っていたから。

ママが駆け込める場所があったら…

忘れられないもう1人のママが、悲しい結末を迎えてしまったその人なの。

わたしが新生児訪問をしたときは、問題があるようには見えなかった。

赤ちゃんの体重の増え具合も順調で、ママの体調もとっても安定していたの。

「ママ、何か不安なことはある?」って聞くと、「いいえ、大丈夫です」って。

パパもいたから「パパ、育児で困っていることはないですか?」って聞いたの。そうしたら、パパも「ありません」って。

でも、しばらくしたら、そんな悲しい結末になってしまってね。

新生児訪問のときは、順調だったのかもしれない。ううん、彼女自身も気づかない不安の芽が芽生えていたのかもしれない。

そんな結末になってしまう前に、ママたちが駆け込める場所を作ってあげたいって思ったの。

新生児訪問をしたときに、「何かあったら、わたしのところにいらっしゃい」って彼女に言えていたら、何か違ったのかもしれない。

そう思って、助産院を開業することにしたの。彼女が来られる場所を作ってあげたかったの。

産後うつは、あなただけじゃないの

わたしも、2人のママの気持ちが痛いほどわかるのよ。

それまでずっと助産師として忙しく働いてきたのに、出産後は娘と2人きりの生活。夫は仕事が忙しくて、何か手伝ってもらったり、話を聞いてもらうことも難しかったの。

社会から取り残されて、自分が必要とされていないように感じてしまってね…。

なんだか疲れきっちゃって「このままだったら、この子をベランダから落としてしまうかもしれない」ってそんな思いがよぎったこともあったの。

「あぁ、ダメダメ。わたし、なんてことを考えたんだろう」って感情を抑えることができたんだけれど、産後うつだったのよね、きっと。

あなたの味方はぜったいにいるから

虹 晴天 晴れ

核家族が進み、社会との接点が希薄になった今、ママたちは、もっともっと深刻な状況下に置かれていると思います。

誰かにちょっと話すことができたら、心が軽くなるから。どんなことでもいいから、誰かに話してください。

ママ、1人で悩まないで。
1人で苦しまないでほしいの。
あなたの味方は、ぜったいにいるからね。


◆「365日のおっぱい」記事一覧
365日のおっぱい 小バナー


取材協力:佐藤 みつ

取材協力:佐藤 みつ

助産師/神奈川県横浜市マタニティハウスSATO院長

1979年 神奈川県立衛生看護専門学校助産師科卒業。大学病院・個人病院での勤務、自治体の新生児訪問などを経て、「ママが気軽に立ち寄れる場所を作ってあげたい」という気持ちから、1993年に助産院を「マタニティハウスSATO」を開業。分娩やおっぱいマッサージ、ベビーマッサージなどを行っています。「昔、取り上げた子がママになって、その子がお産をしに来てくれるなんて幸せでしょ?」