僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

いまならいえる秘密です|幡野広志 連載「ラブレター」第10回


もしあなたが今、余命3年と宣告されたら。残された時間の中で、何を思い、何を考え、どんな行動を起こしたいと思うだろうか。それがもし、愛する伴侶と、子どもを残して死を迎えることがわかったとしたらー?
余命3年の末期癌と宣告された写真家、幡野広志さん。この連載は、2歳の息子と妻をもつ35歳の一人の写真家による妻へのラブレターである。

ぼくは本当に運が良かっただけ

幡野広志

11月になった。さいきん“ 一年前のいまごろ”ということをよく考える。

写真の便利なことの一つが撮影した日時がデータとして写真に記録されることだ。ぼくはだいたい毎日写真を撮るので、日記のようになにをしていたか記録される。スマホで過去の写真をスクロールすれば、そのときの感情や記憶が鮮明に蘇る。

なぜ一年前のいまごろをよく考えるかというと、ちょうど一年前の11月にガンが発覚したからだ。

なかなか想像するのが難しいとは思うけど、痛みで眠ることはおろか横になって休むことすらも難しい状況だった。つねに疲れていて、睡眠不足から思考力も低下していた。
いまでは痛みはなく横になって熟睡してばかりなので、ずいぶんと良くなった。医療ってすごい。

この一年は激動だった、地獄の淵を這うように生き延びたような気がする。たぶん自分の人生で一番大変だった一年といっても過言じゃない。

いや、もしかしたら憶えていないだけで、35年前の新生児のころの方が大変だったのかもしれない。母のお腹のなかに10ヶ月すごして、外に出て生活するんだからそっちの一年の方が激動で大変かも。過言じゃないといいつつ、過言だったかも。

お母さんやお父さんの育児の大変さばかりに目がいってしまうけど、赤ちゃんはいま激動の人生の真っ只中なんだよね。結果としていま生きているけど、ガンにしても、出産にしても同じような状況で命を落としている人はたくさんいる。

人生って過去の善悪の行いだの前世だの、実力なんてものも関係のない、サイコロを振り駒をすすめるようなものなんだとここ一年でよく感じたことだ。こういうことをいうと“じゃあ亡くなった人は運が悪いのかよ。”っていわれそうだけど、いまぼくが生きているのは本当に運が良かっただけとしか言いようがない。

きっと君にはばれなかったけど

幡野広志

病気が発覚してから一年がたちました。

はやいですよね、あっという間です。“あっ!”って言ったら一年たってしまったぐらいの感覚です。

時間って不思議なもので子どもの頃は一年が長く感じて、大人になるとだんだんと一年が短く感じるものだし、楽しい時間は短いし、つまらないおっさんの昔は悪かった自慢話を聞かされる時間はとても長く感じるものです。

君も育児と看病と忙しかったり充実しているだろうから、あっという間にすぎたとおもいます。あっという間に子どもが成長するなんてよくいうけど、きっとあれって親の過ごす時間が短いだけで、子どもは一日一日をじっくりと過ごしているのだと思います。

ぼくにとってこの一年ってあっという間にすぎてしまい、このままじゃあっという間に寿命がきてしまいそうなので、ここからの一年はすこし長く感じるように過ごしたいところですが、君と優くんがいるからあっという間に楽しい時間を過ごせているのだとも思います。

一年前のいまごろに撮影した写真を見返すと、いろいろなことを思い出します。

病気があることがわかってから数日後、公園で落ち葉まみれになって遊ぶ君と優くんの写真を撮ったとき、ぼくのいない世界で二人がいるように感じてしまい、じつはぼく泣いていたんです。

カメラってとても便利で、涙を隠せるしアングルを探すふりしてその場から離れることもできるから、きっと君にはばれなかったけどいまならいえる秘密です。

また書きます。

幡野広志
11月2日から11月15日まで銀座5丁目にあるソニーイメージングギャラリーで写真展をやってます。

“優しい写真”というタイトルで、息子の出産日からいままでを撮影した写真を展示します。人の子どもの写真を見に来てくれるか一抹の不安があるのですが、ぜひ足を運んでください。


幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi