【連載第14回 うんでも、うまずとも。】いざ、体外受精!


妊娠はするものの流産や死産を繰り返す「不育症」。原因が分かれば治療法が分かる場合もあるが、検査するもまったく異常なし。そして現在まで、いつか奇跡的に出産までたどり着けることを信じて、ただひたすら子づくりに励む日々が続く。そんななかで見つけた、養子縁組という、もうひとつの“母になる方法”。そんな42歳の編集者&バンドマンによる不妊治療と養子縁組の泣き笑い日記。連載14回、いよいよ体外受精をスタート。

3つ年下の親友の出産

吉田けい うんでも、うまずとも。
20年の付き合いになる、親友と呼びたい友人のうちのひとり。花見だBBQだ誕生日会だクリスマス会だと、何かと一緒に大騒ぎしてきた仲だ。

ひとり暮らしをしていた頃はお互いの家を行き来し、バンド仲間としてお互いのライブを見に行き、彼女が先に結婚した時はパーティで私が歌を歌い、離婚前のバタバタ期には私の家が彼女の避難場所となった。

離婚後も、新しい彼氏と喧嘩した、家にダニらしき虫が出た、ただ単に一緒に飲みたい、としょっちゅう我が家にやってきた。私が結婚したあとも、その関係は変わらず。2011年の震災のあとは、お互いに不安だからと、しばらくの間、夫と私と彼女の3人で暮らしていた。

そんな彼女が再婚し、「今度こそ」と幸せな生活を送り始めた頃、「いつか子どもが欲しい」と言った。

「いつか」という言葉に、ほんの少しの怒りを覚えた。いつでも叶えられる希望だと思っているから言える言葉だ。私は、うらやましかったのかもしれない。

でも、3歳年下とはいえ、当時彼女は35歳。私が初めて流産を経験した年齢を超えていた。「いつか」などと言っている年齢ではないように思えた。

「いつか……じゃなくて、子どもが欲しいなら、今すぐがんばったほうがいいよ。年齢のこともあるし、妊娠したくても、すぐにできないこともあるし。なかなか妊娠しないなぁと思ったら、そのままがんばらないで、早めに病院で検査したほうがいいと思う」

私は彼女に、3回連続で流産していることを話してはいなかった。それでもたぶん、私の“焦り”は伝わったのだと思う。

彼女は、その後すぐ、本当にすぐ妊娠し、元気な女の子を産んだ。

生まれたばかりのその子を抱っこし、その可愛さに全身がとろけるような幸福感を感じ、母となった親友を誇らしく思い、私もとてもうれしかった。

でも、本当は、悔しい気持ちもあった。

そんな自分がものすごくイヤだった。

やっと? とうとう? 体外受精

2016年1月、私は40歳になった。

毎年1月には、学生時代を過ごした京都で取材の仕事があるので、そのタイミングに合わせて、25年くらいの付き合いになる同い年の友人と、久しぶりに茶ぁシバいた。もとい、お茶した。

彼女も1年前に流産を経験し、その後の気分転換に京都から東京の我が家へ遊びに来て、つらい気持ちを聞かせてくれた。私は自分も流産したとは告げず、ただ話を聞き、痛いほど分かる彼女の気持ちに寄り添った。流産のことは誰にも言うまいと決心していたから……。

そして京都で再会した時、彼女にも娘が産まれていた。同い年の友人が出産したことは、私にとって励みになったし、流産後に泣いていた彼女が楽しそうに娘の話をする様子を見て、うれしかった。

でも……、やっぱり心の奥底に悔しい気持ちを感じずにはいられなかった。大切な友人たちの幸せをちゃんと喜べない自分。もう、ほんとに自分イヤだ。

そんな気持ちもあったり、区切りだと思える40歳になったころもあったりして、約2年ぶりに、体外受精専門の新宿Kクリニックを再び訪れた。

もう、一刻も早く妊娠して出産したい。

自然妊娠の可能性には期待できない。体外受精をやるしかない。

もう一度、感染症やHIVの検査を受け、異常が見つからなかったところで、いよいよ体外受精をスタートした。

Kクリニックの体外受精の流れは、ざっくりと以下のとおり。

生理の3日目に血液検査でホルモン値などを調べ、問題がなければ、その月は採卵周期となる。排卵コントロールがしやすくなり、卵胞を育てるサポートをするクロミッドを服用し、卵胞が十分に育った排卵日くらいに採卵を行う。

その後は、卵子に精子を振りかけるか、精子を卵子に直接注入するかして受精させ、分割胚または胚盤胞まで発育させて、子宮に戻すのだ。

さぁ、生理3日目。クロミッドを受け取り、続きは第15回にて。

写真のこと:うちのマンションの屋上には物干し台があって、入居者が布団などを干せるようになっている。布団は干したことないけど、私はよく夕方に屋上へ行く。全身で風を受けながら、刻一刻と表情を変える街を眺めていると、焦りとか疲れとかが、フーッと消えていく。


吉田けい

吉田けい




1976年生まれ。編集者・バンドマン。2010年、6歳下の夫と婚前同棲をスタートして早々に、初めての妊娠&流産を経験。翌年に入籍するも、やっとの妊娠がすべて流産という結果に終わる。その後、自然妊娠に限界を感じ、40歳になる2016年に体外受精を開始。現在は不妊治療を継続しながら、養子縁組を目指す待機養親としても登録中。

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