「キャンサーペアレンツは僕が生きた証」西口洋平さんが、娘に残したいもの

もし明日、子どもの前からあなたがいなくなるとしたら、お金や家以外に「何かを子どもに残してあげられた」と思えるでしょうか。

これを読んでいる人は、そんなことを想像したことすらない人が大半かもしれません。なぜなら多くの人は、明日を迎えられるのは当たり前のことだと思っているから。

人材サービスの会社で、営業マンとして活躍していた西口洋平さんもかつてはその一人でした。

しかし、西口さんは35歳の冬、がんの告知を受けることになります。そんな“あたりまえ”の日常が、その日を境に、突然“あたりまえ”ではなくなったのです。

キャンサーペアレンツ 西口洋平さん
一般社団法人キャンサーペアレンツ代表理事
西口洋平(にしぐち・ようへい)さん

2015年2月、35歳でステージ4の胆管がんと告知を受ける。2016年4月、子どもを持つがん患者のコミュニティサービス「キャンサーペアレンツ」を設立。

がん告知で変わった娘への向き合い方

営業マンとしてバリバリ活躍し、一児の父でもあった西口洋平さんが、そんな「あたりまえ」の日常を失ったのは、35歳の冬。一人娘の卒園を1ヶ月後に控えた2月の寒い日でした。

「ステージ4の胆管がんです」

医師からそう告げられた西口さんの頭に浮かんだのは、まだ真新しいランドセルを背負い、無邪気に鏡の前でポーズをとる娘の姿。

「入学式、行けないかもなぁ」

西口さんの胸は、妻や娘を残していく寂しさに潰されそうになったといいます。

「がんになる前は典型的な仕事人間でした。少なくとも“子育てに参加していた”とは間違っても言えないくらいには」

キャンサーペアレンツ 西口洋平さん

しかしがんの告知は、彼の育児への意識を大きく変えさせることになりました。

子どもを持つがん患者という、自分と近い境遇・世代での情報交換のためのコミュニティサービス「キャンサーペアレンツ」の設立もそのひとつです。

そんなキャンサーペアレンツ代表としての活動の中で、よく聞かれることがあると西口さんはいいます。

「よく聞かれるんです、『子どもに残したいものはありますか』って。周りのがん患者の人たちの話を聞くと、手紙を残す人が多いみたいなんですが、僕にはあまりしっくりこなくて…」

“子どもに何を残すかー”

西口さんがその答えにたどり着いたのは、小学校一年生になった娘と一緒に夕食のテーブルを囲んだときでした。

「娘が食事を残そうとしたんです。その様子を見て、なぜか危機感めいたものが湧き上がってきました。僕が“今”注意しないと、誰ももう注意しないかもしれない、と。僕がいなくなったら、この子のしつけはどうなる、と」

それからというもの、西口さんは娘の人間性の教育に特に力を入れるようになったといいます。自分がいなくなってからも、娘が余計な苦労をしないように。

キャンサーペアレンツは僕が生きた証

西口さんが子どもに残したいものは、礼儀・礼節といった人間性だけではありません。

キャンサーペアレンツ 西口洋平さん

「今僕が運営しているキャンサーペアレンツを残したいと思っているんです」

西口さんがそう考えるのには、理由があります。キャンサーぺアレンツという自分が作ったサービスを残すことによって、自分が存在していた痕跡を残したいという思いがあるからです。

キャンサーペアレンツでは、先日『ママのバレッタ』という絵本を出版しました。

『ママのバレッタ』は、キャンサーペアレンツの会員であるたなかさとこさんが絵と文を担当した絵本で、抗がん剤治療で髪の毛が抜けてしまったママとのやりとりが、娘目線で前向きに描かれています。

この本の制作に携わったメンバーの中には、残念ながら、出版の日を待たずに亡くなった人もいました。

「完成した本をそのメンバーのご家族に届けたときです。本のカバーに並んだスタッフの名前の中に、お母さんの名前があるのを見つけた息子さんが『ママが作った本だ!』と言ったんです。そうやって何かを残すことが、その人の生きた証になるんだと思ったんですよね」

ママのバレッタ

税込価格
1,620円

キャンサーペアレンツの存続も、娘のしつけも、僕のエゴ

「子どもに何を残すか」という話になると「子どものために何を残すか」とも受け取られがちです。しかし、西口さんはそう考えてはいません。

「もちろん、僕がいなくなってからも、キャンサーペアレンツが何十年と続いてほしい気持ちはあります。しかし、それはあくまで結果論。キャンサーペアレンツがずっと継続することよりも、僕が消えるそのときまでに、納得いくまで行動できたかが、僕の中では大事なんです」

悔いを残して消えたくないー。そんな思いのほうが強いと西口さんは言います。

キャンサーペアレンツ 西口洋平さん

「娘に人として正しく生きれる基盤を作ってあげたいと思うのも、キャンサーペアレンツを残したいと思うのも、全ては僕のエゴなんです。『残してくれ』と娘に頼まれたわけではないし、なんなら残さないでほしいと思っているかもしれないわけですから」

がんの告知をきっかけに「子どものために残りの時間を一緒に過ごしたい」とライフスタイルを変える人もいるでしょう。それも結局「子どものため」ではなく、「自分のため」だと西口さんは考えています。

「子どもは『最後はママの好きに過ごした方がいいのに』と思っているかもしれません。そうなると一緒に過ごす時間が子どもにとってプレッシャーになってしまうこともあるでしょう」

だからこそ、親のエゴをはっきり言った方がいい。「パパはこうしたいんだけど、どう?」というように聞いてみるのが、悔いを残さない過ごし方だと西口さんは考えているのです。

夫婦のエゴのすり合わせは早い方がいい

西口さんは「自分がこうしたい」というエゴについて、がんになって分かったことがあるといいます。それは、子供にどういう教育をしたいかや、どう育ってほしいかなどという親のエゴについて、早めに夫婦ですり合わせをした方がいいということでした。

「赤ちゃんのうちは寝返りやハイハイなど、夫婦の会話のタネになるイベントが多いですが、小学校に入学したりすれば、少なくなっていきます。だからこそ、赤ちゃんが小さいうちに夫婦それぞれのエゴについて話した方がいいと思うんです」

もし子どもの教育についての方向性が夫婦で異なるとき、修正が早くできることもその利点だといいます。

「僕は仕事人間だったからついつい後回しにしていました。もうちょっと早く気づきたかったですね」

あなたは何を残しますか?

赤ちゃん

もし、あなたががんと診断されたら、残された時間をどのように過ごしたいと思いますか?

多発性骨髄腫というがんの診断をされた、写真家の幡野広志さんは「短いかわりに濃密な時間を家族と過ごしたい」と、下の記事で語っています。

「日本人の2人に1人がなる病気」とも言われている、がん(※1)。これだけ多くの人ががんになるにも関わらず、キャンサーペアレンツ代表の西口さんのように、がんの診断を受けて初めてその後の生き方を考える人も少なくありません。

当たり前のように繰り返される毎日の中で、「子どもに何を残すか」と考えたことがある人は少ないかもしれません。でも、あなたと家族が納得がいく人生を送れるように、これを機に考えてみてはいかがでしょうか。


佐藤 健太

佐藤 健太

さとう けんた

エンジニア向けや営業マン向けのWebマガジンを経て、「こそだてハック」「ninaru baby」の編集者に。二児の父。新生児を沐浴させるときの「ほー」という表情がたまらなく好きです。
https://twitter.com/ninarubaby_sato

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