僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

優しい涙。|幡野広志 連載「ラブレター」第3回


もしあなたが今、余命3年と宣告されたら。残された時間の中で、何を思い、何を考え、どんな行動を起こしたいと思うだろうか。それがもし、愛する伴侶と、子どもを残して死を迎えることがわかったとしたらー?
余命3年の末期癌と宣告された写真家、幡野広志さん。この連載は、1歳の息子と妻をもつ35歳の一人の写真家による妻へのラブレターである。

コピーライト 幡野広志
もうすぐ息子が保育園に入園する。

人の子どもの成長は早いなんてよく言うけど、時間というのは平等に流れているので自分の子どもの成長も同じように早い。

4月で息子は1歳10ヶ月になる。 あと18年と2ヶ月で成人だが、成人年齢が18歳に引き下げられればさらに早くなる。 きっと過ごしている時間を長く感じたとしても、あとで振り返れば早く感じるのだろう。

僕が子どもを育てているなんて考えはおこがましくて、僕は息子に父として育てられており、妻からは夫として育てられている日々だ。妻と息子も同じことで、僕たちは家族として成長している。

緩やかな坂道を下るように。

コピーライト 幡野広志
主治医や親族からはすぐにでも入院した方がいいと勧められているが、 死ぬ間際になってやりたいことが増えてしまい多くの人を困らせて入院を先延ばしにしている。

いま読んでいただいているこのコラムは、ベトナムのカフェで書いている。 死ぬ前なんだから少しぐらいワガママになってもいいだろうと、ベトナムコーヒーのように自分に甘く余生を過ごしている。

日々できることが増えてくる息子の成長を見ることが何よりも楽しくて、苦しいときに目を瞑ると息子が笑顔で応援してくれる。

息子に支えてもらっているので、お返しに息子の成長と僕が生きたことの記録を残して息子の財産になればいいなと思う。 少しばかり寿命を削ることになろうが息子の入園式に参列をして、どうしても写真を撮りたい。

入園式の次の日は病院で入院の段取りを決める。入院すると、しばらく息子を抱くことはできなくなる。いよいよ…と言う感じでもある。

緩やかな坂道を下るように僕の体調は日々悪くなっているので、これから妻に心労を与えてしまうだろうことが申し訳なく感じるけれど、僕は今好きなことだけをしている日々に満足していて、充実感や幸福感で満たされている。

人生とは分からないもので、死ぬことが目前に見えてきてから突然、輝いたりする。

優しい涙。

コピーライト 幡野広志
何日か前に、僕と優くんで2人っきりで家にいたときがあったよね、君が実家に停めてある車を取りに行った時だと思う。

時間にして20分ぐらい、一緒にプラレールで遊んで、僕はいい感じで「お父さん」が出来た。だけど優くんが上手にレールをはめることができたので僕が褒めてあげたら、優くんは君にも褒めて欲しかったみたいで。急に優くんは君を探しはじめ、君がいないことに気がついちゃったんです。 そしたら大泣き。

自分が置いていかれてしまったからなのか、お母さんになにかあったかと心配しているのか。とにかく君がいないことが不安だったみたいで、泣きじゃくっていました。

保育園に入園したらしばらくは毎日、こうやって泣くかもしれないですね。 成長するために必要なことだからとは思いつつも、優くんが泣くのは心が痛くなります。

優くんにとっては僕と君では求めるものが違っていて、どちらが一番というわけではないのだけど、やっぱりお母さんの存在があってこそ、お父さんと安心して遊べるのかもしれません。

コピーライト 幡野広志

こんなこと言ったら君は怒るし悲しむかもしれないけど、病気で死ぬのが君じゃなくて僕でよかったと思います。

僕の体の調子は少しづつだけど日々悪くなっていて、苦しい日もあります。

この苦しさが君じゃなくて本当によかったと思う。自分の苦しさは耐えられても大切な人の苦しみは耐え難いものだから。

君がいなくなるという悲しみは、僕にとっても優くんにとっても耐えられない。

最近になって急に僕の知名度が上がり、輝いているように見えるかもしれないけど、結局のところ僕は君という太陽の周りをグルグルと周って光っているように見える月と同じです。僕が輝いているわけではありません。

君がいなくて泣きじゃくる優くんを見ていたら、僕が死んだ後に悲しむ優くんを想像して、僕も一緒に泣いてしまいました。 きっと悲しい思い、寂しい思い、嫌な思いをさせてしまうよね、ごめんねと謝りながら、抱きながら泣きました。

これを書いているいまも少し、泣いてしまいそうです。

優くんは自分が大好きなお菓子を人にあげて、喜ぶ相手の顔を見て笑顔になる、よく笑う優しい子です。 僕がいなくなったあとに、君の前で良い子でいようとして無理に我慢をしてしまうかもしれません。

そんな時は無理をさせずに抱きしめて、一緒に泣いてあげてください。

君が家に帰ってきて、優くんが安心して泣きやんだように、どんなに辛いことでも乗り越えられます。

また書きます。


幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi