PICKUP育児エッセイ

【私は胸をはって育児していると言えるのだろうか?】

働いて、子どもを迎えに行って、家事をして…。

バタバタと過ぎていく毎日に「私はちゃんと子どもと向き合えているのだろうか…?」「しっかり子育てできていると言えるのだろうか…?」と、モヤモヤした気持ちを抱えているワーママは少なくないはず。

そんなモヤモヤが吹き飛ぶ瞬間とは、いったいどんなときなのでしょうか…?

母親失格「かもしれない」

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私は胸を張って母親を名乗ることができない。子供が二人いて、それはそれは可愛い。人並みに苦労もあったように思う。けれど、それなのに、私は胸を張って母親を名乗れない。

そのことをいつか言葉にしないと、とずっと思ってはいた。いつか向き合わないと。育児に自信がない自分と。

そう漠然と考えながらしばらくの時間が過ぎた。

思えば、息子が生まれた日もそうだった。

わあ、ちいさい、かわいい。そんな浮ついた気持ちはほんの一瞬で。

はい、今日からこの赤ちゃんを死なせないでください。そんな重たい、母親というバトンを突然突きつけられた気がした。

ほら、できるでしょう?

看護師さんの笑顔がそう言っている気がして怖くなった。戸惑っていた。

24歳、産後9ヶ月でフルタイムの仕事が始まる。その頃の記憶はほとんどない。回るように、転がるように生活は進んでいた。

朝起きてまだ誰も来ていない保育園に子どもを預け、帰りのお迎えはいつも一番最後だった。

子どもが1歳の誕生日のときも仕事をしていた。仕事が終わって急いで帰ると、1歳になりたての息子は私の実家でもう眠っていた。

「今日、そうちゃん、歩きましたよ!」

ある日、保育園で週末に持ち帰る布団を担いだ時に、そう興奮して言われたのを覚えている。

はっとした。初めて自分の足で世界に一歩踏み出したその姿さえ、私は見ていないのだと。

母親失格かもしれない。「かもしれない」と付けることで、自分を守った。

息子は、優秀に、勝手に育っていた

自信が無かった。

離乳食が手作りじゃないこと。
土日すら仕事が入ること。
自分のミスでしょっちゅう残業になること。

そんな時は保育園の送り迎えや夕飯、お風呂まで祖母がしてくれること。

何をとっても自信が無かった。

最愛の息子だって、自分でなく祖母に抱かれている時の方がよく笑う気さえしてしまう。

その三年後、二人目の子供、娘を妊娠する。

妊娠7ヶ月の頃、切迫早産で一ヶ月ほど病気休暇を取った。自宅で安静にしていると、3歳の息子が隣に寝転がって甘えてくる。

「保育園休んじゃおっか」

息子を休ませてよく二人で公園やファミレスに行った。

大きなおなかで息子と過ごす時間、小さな手を握りながら、すれ違う人たちの目に親子らしく映っていることが心から嬉しかった。

「ママのキラキラかわいい!」

息子は私がネックレスをつけるのを喜んだ。

アクセサリーが苦手なのと、妊娠で指先がむくんでいたことで、指輪やブレスは外していたけどネックレスだけは付けるようにした。

息子は数を数えるのが得意で、流行っていたピコ太郎のおかげでだいたいの足し算を覚えた。

「すごいね、そうちゃんすごいすごい」

パズルや積み木なんかは放っといても上手にできた。勝手に育っていた、それも優秀に。

ママ、いつも褒めてくれてありがとう

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最近は、同世代の友人たちの出産が続いている。

先輩ママとして、よく質問を受ける。

「寝かしつけってどうしてた?」
「夜泣きっていつ終わった?」
「トイトレっていつから始めた?」

いつも私は答えられない。覚えていないのだ。記憶を辿っても。

けれど知らないなんて言えない。情けなかった。うちの子はもう大きくなっちゃったからなあ、と誤魔化して笑った。

「ねえねえ、子育てでイライラしちゃう時ない?私、手が出そうになったこともあるんだ」

友人に泣きそうな顔で言われたこともある。分かったような顔をして、背中をさすることしかできなかった。

無いよ、そんなこと。だって私、ほとんど自分で子育てできていないから。

2018年3月、0歳からお世話になっていた保育園を卒園した。

卒園式では毎年、子供たちが一人ひとり卒園証書を受け取り、それを親の元まで持っていくのが恒例となっている。

そこで一言、子供から親へ、言葉が贈られる。

「いつもおいしいご飯を作ってくれてありがとう」
「いつも可愛く髪を結んでくれてありがとう」
「いつも外で一緒に遊んでくれてありがとう」

親御さんが涙する。私もあたたかい気持ちで拍手をおくっていた。

息子の番が回ってくる。ひょろっと背の高い息子が一歩一歩、私の元へ。

「ママ、いつも褒めてくれてありがとう」

何も言葉を返せずに、あふれる涙をぼたぼたと流しながら、息子の細い体をぎゅっと抱きしめた。

料理も得意でなく、髪を梳(と)かしてもいない、外でもめったに遊んでやれていない私を、息子は許してくれていた。

せめて、私はあなたのそばにいます

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夕方17時半、そろそろかな、と時計に目をやる。

ただいまー、と言いながら息子が帰ってくる。自分で鍵を開けて、大きなランドセルをどさっと玄関に置く。

さっさと宿題を出してリビングに持ってくる。息子は今、小学校2年生だ。

「なんで最近ママおるん?」

そういえば、というような感じで尋ねてきた。私はお茶を一杯、コップに入れてやる。

「ママ最近ちょっと疲れて仕事お休みしとるんよ」

ふーん、と言いながら一気にお茶を飲み干した。額にはきらきらと汗の粒が散っている。自宅から学校までは徒歩45分。学区の端だからとても遠い。

「ママ、このままお仕事辞めるかも」
「えー!やったー」

それだけ言って、国語の教科書を開き、大きな声で読み始めた。

息子は普段、私が仕事に行っている間、こうして誰もいない部屋の中で音読の宿題をしているのだ。誰も見ていなくても、「やったふり」なんてしない。うちの子は嘘をつかない。

音読が終わると明日の時間割りを始めた。時間割りどおり教科書を入れ替えたら、近所の公園に遊びに出てもいいルールにしている。

「そろそろさっちゃんの保育園のお迎え行くけど、一緒に行く?」
「行かなーい」

早く遊びに行きたくて、大急ぎで時間割りをする息子を、邪魔するみたいにぎゅっと羽交い絞めにしてみる。まだまだ甘えん坊な年頃なのか、やめろーと嬉しそうな声で嫌がる。

私の腕をほどくと、顔を見上げて笑った。

「ママってとってもいい匂い」

そう言って、私の体から飛び出した。胸が締めつけられるようだった。

その瞬間、やっと、やっと初めて母親として認められたような気がした。

これが、自覚というものなのか。親である自覚。母である自覚。

胸の痛みを絶対に忘れない。

行ってきまーすと言って、息子は帽子を被って玄関を出た。家には私がいるのに、いつもの癖で鍵を持って出た。

あの小さい背中がこれまでどれだけ寂しい思いをして、私の帰りを待っていたのか。

それなのに私は家に帰っても仕事の失敗を引きずって、職場の人間関係を気にして、明日の営業数字に悩んで。深夜深くまでお酒を飲んで、夜中に起きてきた息子を、寝なさーいと寝室へ押し戻して。

今まで本当にごめんね。

息子がもう少し大きく大きくなったら伝えたい、たくさんの謝罪がある。

いつも褒めてくれてありがとう。どう考えても私の台詞だった。

いつも許してくれてありがとう。

いつも笑ってくれてありがとう。

これからあなたが悩む全てのことを取り除いてしまいたいけど、そんなことはできないからせめて、私はあなたのそばにいます。

今週の金曜で、息子は8歳になる。

2019.06.17 母

記事提供:みくりや佐代子


みくりや佐代子

みくりや佐代子

ライター・エッセイスト


1988年広島県生まれ。ライティングのジャンルは育児と医療。Webメディアでコラムやインタビュー記事を執筆する傍らで、何気ない日々のことを切り取ったエッセイをnoteに綴っている。好きな食べ物は汁なし担々麺。 note:https://note.mu/ahs345

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