【連載第37回 うんでも、うまずとも。】 期待を込めて、7回目の妊娠


妊娠はするものの流産や死産を繰り返す「不育症」。原因が分かれば治療法が分かる場合もあるが、検査するもまったく異常なし。そして現在まで、いつか奇跡的に出産までたどり着けることを信じて、ただひたすら子づくりに励む日々が続く。そんななかで見つけた、養子縁組という、もうひとつの“母になる方法”。そんな43歳の編集者&バンドマンによる不妊治療と養子縁組の泣き笑い日記。連載37回、移植後の出血で妊娠を諦めるも、まさかの……。

胚盤胞移植10回目

吉田けい うんでも、うまずとも。

「これで最後」と宣言してのぞむ移植は、妙な緊張感があった。

2019年4月、今の私にとって最高値である評価Bの胚盤胞を、今まで計測した私の子宮内膜の状態のなかで、もっとも厚い10㎜という状態で迎え入れた。

10回目ともなると、もうすっかりベテラン気分だ。

クリニック内で不安げな女性に会うと、大丈夫だよ、赤ちゃんできるといいね、がんばって……云々と心の中で、やや上からのウザい目線で声をかけるくらいに。

受付から移植して帰るまでの、約6時間超のスケジュールも慣れたもの。

診察の結果待ちの間に原稿を1本書いて、胚盤胞の解凍を待っている間にいつもの定食屋でランチして、移植して帰路につくのが17時くらいになっちゃうから、デパ地下で惣菜を買って帰ろう。

そんな一連の流れを、たんたんとスムーズにこなす。
今回も、いつもどおり。

ただ、ひとつだけ違ったのは、移植後の出血がまったくなかったこと。

それまでは、器具を膣に入れて行う移植のあと3日間くらいは、トイレに行くたび、ほんのちょっぴりだけ下着にちょこんと赤茶色のものがついているのを発見していた。

でも今回は、「アレ? 移植したっけ?」と思うほど、私の下着はきれいなものだった。

ところが、移植から1週間後の判定日の前日の朝。
下着に赤茶色いものがついていた。

「ワッ!」
驚いて、思わず声が出た。

試しにトイレでおしりを拭いてみると、ペーパーに赤い血がついた。
薄くはあるが、しっかりと赤い。

「これはダメだ……」
血のついたペーパーを見つめて、しばらく動けなかった。

妊娠しているはずがない!

その翌日の判定日。

今日も血が出ている。
なんだか手足も冷たい。
こりゃ、どう考えても妊娠してないだろう。

血液検査の結果を待ってから、肩を落として診察室に入った。

「妊娠してますね」

「え?」
思わず聞き返してしまった。

「妊娠してます」と先生。

いやいや、そんなはずはない。

「昨日から、血が出ているんですが……」と問うと、
おそらく着床出血だろうという答えが返ってきた。

さらには、バイアスピリンを飲んでいるせいで血が止まりにくいのだと。

そ、そうか。着床出血か。バイアスピリンのせいか。
わたしは、妊娠してるんだ……。

驚きと喜びと恐怖とが混ざり合った困惑。

うれしい……うれしいけれど、お腹の赤ちゃんが生きているかどうか、毎日毎日、どこにいても何をしていても気になって、ビクビクと怯える日々がまた続くんだ。

その困惑を、夫にどう伝えていいか分からなかった。

今までは、ひとりで判定を聞きに来たときには、夫に結果をメールで伝えていた。
でも今回は「終わったよ。今から帰るね」とだけ伝えた。

「おつかれさま。俺も早めに帰るね」
夫は、何もきかなかった。

きっと、ダメだったと思っているのだろう。
どう伝えたら分からないけど、早く「妊娠している」と伝えたい。

帰宅した夫に血液検査の結果を見せた。
E2が209pg/mL、P2が35.6ng/mL、β-hCGが94.0mIY/mL。

夫は、数値を見ても分からないようだったので、
β-hCGは妊娠したら分泌するホルモンなのだと説明した。

それでも「え、どういうこと?」と困惑した表情だった。
きっと、診察室で先生にきき返したわたしは、こんな表情をしていたんだろう。

「妊娠してるってことだよ」と答えると
夫は、「……そっか」と消えそうな声で言った。

もう一度、「そっか」と確かめるように言ったその言葉は震えていた。

夫の顔を見たら、くしゃくしゃだった。
くしゃくしゃにして泣いていた。

どん底からの浮上。
たぶん、その高低差はわたしより大きかったのだろう。

「驚かせてごめんね」と夫を抱きしめた。

続きは第38回にて。

写真のこと:炎を見ていると“1/fゆらぎ”なるものの効果で癒される、と聞いたことがあるが、わたしは癒されるというよりもワクワクする。さっきまでそのへんに立っていたような木が、炎と煙を上げて燃え、やがて熱をもったまま黒く煤け、白く脆くなり、はらはらと落ちていく。なんて変化に満ちた激しい人生なんだろう。


【連載第36回 うんでも、うまずとも。】体外受精のやめどきって?

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【連載第35回 うんでも、うまずとも。】子宮内膜ポリープ手術<当日編>

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吉田けい

吉田けい

よしだ・けい

1976年生まれ。編集者・バンドマン。2010年、6歳下の夫と婚前同棲をスタートして早々に、初めての妊娠&流産を経験。翌年に入籍するも、やっとの妊娠がすべて流産という結果に終わる。その後、自然妊娠に限界を感じ、40歳になる2016年に体外受精を開始。2018年11月、構成・編集を手がけた書籍『LGBTと家族のコトバ』(双葉社)を出版。