内緒話だってほとんど丸聞こえだけど
ストリートファイター2』がアーケードゲームとして登場したのが1991年。手足が伸びて、口から火を吹くダルシムは1952年生まれという設定なので、ダルシムは1991年のとき39歳になる。
3月でぼくも39歳になった。ダルシムとおなじ年齢になっても手足は伸びないし、火も吹けない。修行が足りないのかもしれない。いままで写真に割いた時間をヨガに充てていれば、火ぐらいは吹けたかもしれない。39歳で路上格闘している是非は別として、空中に浮かんだりテレポートまでできるダルシムの身体能力は素直にうらやましい。
息子はぼくの誕生日の朝からソワソワしていた。妻と内緒話をしてなにやら作戦会議をしたり「おとうさん!」と呼ばれて返事をすると「なんでもないよ、フフフ」と笑ったりする。
本当は「お父さん!おたんじょうびおめでとう」って言いたいのはわかっている。内緒話だってほとんど丸聞こえだけど、聞こえないフリをする。隠しごとをしているのは丸わかりだけど、詮索するような野暮なことはしない。
息子はお母さんと秘密の共有をすることで信用を築いている。どんなに小さな秘密だろうと、お母さんがバラしたりぼくが秘密をあばこうとすれば不信感を抱くものだ。誕生日のお祝いをすることは、大人からすれば小さな秘密かもしれないけど、子どもが成長したときに大きな相談をしてくれるかの別れ道の一つでもあるように感じる。秘密は取り扱い方によって信用にも不信にも変化する。
夕方、保育園から帰ってきた妻と息子は両手いっぱいに荷物を持っている。びっくりドンキーでチーズバーグディッシュをテイクアウトしたようだ。うちは家族でびっくりドンキーに行くと、三人全員がチーズバーグディッシュを注文する。
おとうさんのチーズを半分息子にあげて、息子のサラダをおとうさんがもらう。野菜嫌いな息子にとってはいい取引だ。妻はサラダを追加でトッピングする。ぼくがびっくりドンキーのお皿をほしがっていたので一緒に3枚買ってきてくれて、自宅でチーズバーグディッシュを再現してくれた。そして前々からほしがっていた座椅子もプレゼントしてくれた。
「お父さん、おたんじょうびおめでとう!!」と息子がうれしそうにいってくれた。保育園では「今日はお父さんのたんじょうびなんだよ」って先生にも教えていたそうだ。お父さんの誕生日だけど、なんだか一番うれしそうなのは息子だ。
新人教育と子育ては似ている
ダルシムって知ってます?たぶん知らないよね。ダルシムっておじいさんなのかと子どもの頃に思ったけど39歳って意外と若いよね。39歳を意外と若いなんて言ってる時点でぼくもしっかりおじさんなんだよね。
人はなぜか若いときは大人ぶりたくて、22歳ぐらいで「もう若くないからなぁ」って言い出すんだけど、年齢を重ねた人は若者ぶりたくなるから要注意なんですよ。自分が若者感覚を持って本当の若者と会話すると、痛々しくなるから自覚したいですよね。
自分が年齢相応の振る舞いをすることって大切なんだけど、若い人と会話するときは実年齢よりもすこし大人扱いするぐらいの方が良かったりするんですよね。優くんのことも子ども扱いをするよりも、大人扱いした方が本人もやる気が出るじゃないですか。「子どもだからできない」じゃなくて「もう優くんならできるよ」って言った方が得意げにやってくれるよね。職場での新人教育と子育ては似ているなぁってよく感じます。
新人教育も子育ても、自分が役に立てている実感を持たせることって大切だと思うんです。新人のときってちょっと居心地が悪いじゃないですか。誰かの役に立てるとうれしいですよね。
日常の中で子どもに「ありがとう」って伝えるだけでいいと思うんです。ぼくの誕生日を祝ってうれしそうにしている優くんを見ていると、本当にそれでいいんだなって感じます。
また書きます。座椅子とお皿、ありがとう。
幡野広志
はたの・ひろし
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi