逃げ場があるから厳しい社会に立ち向かえる
うちはとても甘い子育てをしている。なにが甘いかというと、子どもに怒ることがない。体罰や暴言は当然のこと不機嫌もふりまかない。子どもがすることをバカにしない。子どもの買うおもちゃやお菓子に嫌味をいったり否定もしない。子どもの話を聞いてあげて、子どものやりたいことをやっている。
こうやって書いてみるといたって普通な気がする。だけどぼくが子どもだった30年前ぐらいの社会と比較すれば劇甘くんだ。「そんなんじゃ厳しい社会でやっていけないぞ!!」って怒りん坊将軍の怒声や嫌味が聞こえてくる。確かにそうだ、はっきりいって学校も会社も無駄に厳しいものだ。
親ガチャという言葉があるけど、社会には先生ガチャもあれば友達ガチャも先輩ガチャも、上司ガチャもクライアントガチャまである。社会には自分では選べない他者ガチャが存在する。他者ガチャを文学的にすると「いい人に出会うといいね」という人間関係の話になる。
怒りん坊将軍の先生や友達によって精神的に追い込まれてしまう可能性もある。自他との境界線がなく他人の趣味や買い物に口出ししてくる面倒のニオイがクサい人もいる。パワハラ将軍みたいな人もセクハラ将軍みたいな人だっている。そういう人から逃げればいいんだけど、簡単な問題ではない。逃げることが可能な環境も必要だ。
ぼくは社会が厳しいからこそ家庭を激甘くんで運用している。社会が厳しいのに家庭まで厳しかったら、子どもはいったいどこに逃げればいいんだろう。逃げ場があるから厳しい社会に立ち向かって挑戦できるのだ。本当に背水の陣で社会に挑もうとすれば、消極的な防戦になってしまう。
大人でさえ困ったことがあったとき周囲に助けを求めることを躊躇してしまうのに、怒りん坊将軍の親に子どもが助けを求めるだろうか。のび太が助けを求めるのはガミガミ怒るお母さんでも、存在感の薄いお父さんでもなく、ドラえもんだ。他人の買い物を否定してくる人に買い物を相談しないのと一緒だ。
勘違いしてほしくないけど、ぼくは子どもをちゃんと叱る。ただ怒らないだけだ。ドラえもんがのび太に説教をするようなものだ。ぼくが子育てのお手本にしているモデルが何人かいるけど、その一人がドラえもんだ。
先日、作家の岸田奈美さんのお母さんである岸田ひろ実さんとイベントで対談をした。対談前に岸田ひろ実さんの『人生、山あり谷あり家族あり』を読んだのだけど、烏滸がましいかもしれないけどぼくが実践している子育てとよく似ていることにすぐ気づいた。似ているどころか全く一緒な箇所がいくつかある。
岸田ひろ実さんも周囲から「子育てが甘い」と言われてきたそうだ。岸田ひろ実さんが子育てした時代を考えればぼくよりもずっとたくさん言われただろう。当時は子どもに厳しくすることが正しいとされる時代だった気がする。だけど岸田家の関係性を見ていると甘い甘い子育てで正解じゃんという感想が出てくる。岸田ひろ実さんや岸田奈美さんや岸田良太さんを見ていると、これからも激甘くんでいようとおもえる。
そもそも怒らない方が親も楽だよね
親バカを本領発揮してるだけかもしれないけど優くんってウルトラいい人だよね。怒らない子育てをしているけど、そもそも怒る必要がないってことでもありますよね。ぼくはいまこれを病院の抗がん剤治療しているベッドで書いています。今朝きみと優くんが病院まで車で送ってくれたとき、ぼくが「病院行きたくないなぁー」と弱音をはいていたら優くんはがんばってと励ますわけでなく「そりゃ、イヤだよね」と肯定と共感して、自分が車で読んでいた好きな本をぼくに貸してくれたじゃないですか。
優くんだって自然とこれができたわけじゃなくて、きみとぼくが優くんにこれまでずっとしていたことなんですよね。キミやぼくが怒りん坊将軍だったら、優くんに怒られるか、もしくはお父さん普段あんだけ怒ってるくせに自分は全然ダメじゃんと信頼を失うんですよね。
個人的な話をすればぼく自身は親から甘やかされたことも褒められた記憶もほとんどないんです。だけど自分にはとても激甘くんな親だったので、子どもながらにぼくは親を信頼できませんでした。
ぼくは現実不可能なことを考えるよりも、現実可能なことを考えるのが好きです。自分の子ども時代がどうであれ感傷に肩までつかる気はサラサラないです。それでもタイムマシンがあったら子ども時代の自分に会いに行って、抱きしめてあげたい。そんなことを考えたりもします。でもやっぱり考えると切なくなったり虚しくなるから無駄なような気がします。
うちはうち、他所は他所という子どもをたしなめるときに使う都合のいい言葉があるけど、あれは他所の部分に自分の育った環境もいれてしまうのもいいんだよね。ほんとどこまでも都合のいい言葉なんだけど。自分の親の育て方も他所、だから気にしない。
とにかく、うちは激甘くんな子育てでいいんですよ。そもそも怒らない方が親も楽だよね。
また書きます。
この連載が本になりました。
とてもとてもうれしいお知らせです。
この連載の第1回から第48回までをまとめた一冊「ラブレター」が発売されました。
さらに、この本の出版を記念した写真展「幡野広志のことばと写真展」が、8月21日まで渋谷PARCO 8階のほぼ日曜日で開催されます。
https://www.1101.com/hobonichiyobi/exhibition/5323.html
みなさんがもらって「うれしかった手紙」を募集・展示する催しも行われるので、こちらもぜひ、参加してみてくださいね。
幡野広志
はたの・ひろし
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi