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おとーしゃんのたんじょうび|幡野広志 連載「ラブレター」第14回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、2歳の息子と妻をもつ36歳の一人の写真家による、妻へのラブレターである。

誕生日に写真集をだした

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今月、36歳になった。
26歳ぐらいのときは“もう、26歳かぁ。”という気持ちだったけど、大人の階段を10年ほど登ってみると“まだ、36歳かぁ”という感覚になってくるから不思議だ。

いまも若いけど、いまよりもっと若いころは、実年齢が自分の理想の結果とマッチしていなかった。
達成感がないままに年齢だけを毎年重ねて、あせりやプレッシャーのようなものを感じて“もう、26歳かぁ。”という、36歳の感情を逆なでするようなことをおもっていたのかもしれない。

いまから振り返るとこのあせりの正体は、まったく実態のないものだった。
周囲からの“しっかりしなさい”という言葉に背中を押されて、誰かがつくったモノサシにのりこみ、勝手にあせっていただけだ。

“まだ、36歳かぁ”とようやくおもえたのは、誕生日に写真集を発売することができたからなのかもしれない。
10年前から撮りためた作品を写真集にしてまとめることができた。

たくさんの人が助けてくれて、感謝するべき人がたくさんいるのだけど、家族が寝静まった誕生日の夜は10年前の自分に感謝をした。
ありがとう、あのとき挫けないでよくがんばったよ。

大人の階段をすこし登ってみると、26歳のころの踊り場の眺めよりも、すこし見晴らしが良くなって気分がいいです。
見晴らしは良くなっても、見ているものは10年前とあまり変わらないものです。年齢を重ねるっていいものですよ。

写真家の人生としては理想的な結果を残せたとおもう。
結果を残すとまた急に身軽さを感じて、次は何しようか?という気持ちが湧いてくるから本当に不思議なものだ。

来年はみんなで吹き消そうね

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“おとーしゃんのたんじょうび、おとーしゃんのたんじょうび。”と朝から何回も何回も何回も優くんにいわれて、すこししつこかったけど、けっこううれしかったです。

きっと優くんが何回もいってきたのは、君が優くんにぼくの誕生日の話を何回もしたからだとおもいます。

“誕生日のご飯のテーマはジブリです。”ってたのしそうに君がいうものだから、ぼくはてっきりドーラがパズーの家で食べていたような、シズル感たっぷりの大きなハムみたいなものを想像していました。

でもそうじゃなくて、ケーキにトトロの絵が描いてあって、優くんが好きな料理のうえに薄いタマゴ焼きと海苔でネコバスの絵を描いてくれたね。

“おとーしゃんのたんじょうび。”とあれだけいっていたのに、3と6のローソクをぼくが吹き消そうとしたら、優くんがヨダレをたらしながら吹いていて、“もういっかい、もういっかい。”と火を催促して、今度はお父さんかな?と期待したけど、やっぱり優くんが吹き消していました。

子どもがいるってこういうことなんだよね。
すべてが子ども中心になってしまうけど、それがたのしさだったり、ぼくにとってのしあわせだったりします。
大きなハムは一人でもこっそり食べられるけど、トトロのケーキは優くんと君と一緒じゃないと食べられないよね。

36歳になってもローソクの火をお父さんも吹き消したいタイプだから、3と7のローソクはみんなで一緒にせーので吹き消そうね。

また書きます。

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幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi