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君は責任感が強いから|幡野広志 連載「ラブレター」第16回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、2歳の息子と妻をもつ36歳の一人の写真家による、妻へのラブレターである。

つらさとしあわせと、両方。

幡野広志 photo yukari hatano

photo yukari hatano

4月はいろいろな場所に行っていたような気がする。

桜が咲く時期なので、日本各地の桜をたのしむことができた。
ついでに日本各地の杉花粉も味わうこともできた。
桜の美しさと、花粉のつらさって日本中どこも一緒です。

飛行機で2時間ちょいでいける沖縄は近場に感じて、電車で4時間ちょいかかる気仙沼などが遠く感じた。
一番混乱するのは飛行機で1時間ちょいでいける高知だった。羽田から八王子の自宅に電車で帰るよりも近い。
移動時間が短ければいいというものでもなくて、時間がかかる方が写真をたくさん撮ることができたり、いろんな体験があるので、時間のかかる旅のほうがぼくは好きだったりする。
そのうちゆっくりフェリーの旅か青春18きっぷで鈍行列車の旅をしたい。

幡野広志 photo yukari hatano

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旅の多い4月だったけど、月の半分ほどは自宅に帰った。
息子が寝る前に遊んで、息子が寝静まった後に原稿を書いたり、写真の現像などパソコン作業をしている。
23時ぐらいにパソコンの処理時間待ちのときにウトウトとしてきてちょっとソファーで休もうとおもったら、結局朝になっているということを繰り返して、5日間ぐらいしか自宅のベッドで寝ていない。

3人用ソファーだと寝てしまいそう、という理由で2.5人用のソファーにしたのだけど、結局ソファーで寝ている。
しかも寝やすくなるようにオットマンを追加してしまったので本末転倒だ。
しかもパソコンでやるべき仕事が全く終わってなくて、翌日また撮影して仕事量が増えていく。

これはあまり良くないなぁとおもい、今月から(というか今日から)自宅からすこし離れた場所に事務所をかりた。
パソコンだけの作業なので自宅でできるような気がしていたけど、子どもがいればむずかしい。
もちろんできている人はいるのだろうけど、ぼくには無理だった。

“あそぼうよぉ!”と断られることを知らない息子に笑顔で手をひかれれば、仕事の手を一瞬で止めて息子と遊んでしまう。
Amazonプライムをみながらチャギントンの歌とかうたっちゃうし、カーペットのうえでゴロゴロして、ぼくの背中に息子が乗りながら“おとうさんだぁ”と顔をうずめてくると、涙がでそうなほどうれしかったりする。

背骨に腫瘍があったときは背中に息子が乗れば痛みで動けなくなったし、そもそもゴロゴロすることも不可能だった。
そういうありがちな親子の思い出ができないだろうとおもっていたので、本当にうれしいのだ。
できていたことができなくなるつらさと、できなかったことがまたできるしあわせ、両方感じている。

最近はじめて息子を抱っこではなく、おんぶをすることができた。
病気になると何かとハードルが極端に下がるのだ、しあわせのハードルも下がるけど、ふしあわせのハードルも下がるので要注意だ。

月の半分ほどしか自宅に帰っていなかったのも、いまにはじまったことではなく、健康なころからずっとそうだった、写真家というのは家をあけがちなものなのだ。

優くんに感謝しないとね

幡野広志 photo yukari hatano

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今日から自宅ではなく、外でパソコンの仕事します。

初日ですが、いきなり深夜にコレを書いています、いま深夜の3時っすよ。
でも自宅でやってたら確実に寝てるところ、ここだと起きてやってます。
初日にして確信してますが、君と優くんのまえでパソコン仕事をするべきではなかったね。

君も幼稚園で正社員をしていたときは、毎日お便り帳を持ち帰って、毎晩遅くまで書いていたし、なんかよくわからないイベントの準備でだいたい遅くまで働いていたよね。

いまは保育園のパート勤務だから、持ち帰る仕事はなくなったかわりに、ぼくとおしゃべりする時間や優くんと遊ぶ時間にすることができて、すごくいいことだとおもったんです。
なにより君の笑顔がふえたよね、あと料理をしているときのハナ歌もふえた。すごくいいよ。

事務所をかりるきっかけはそんな君をみてきめたことです。
いま夜中に仕事しているけど、お昼すぎから仕事をはじめて、夕方には優くんの保育園にお迎えに行って、優くんとご飯を食べて、お風呂に入って、絵本を読んで、優くんが眠りについてからまた仕事をしています。

今日なにをしていたかとおもいかえすと、優くんと遊んでいた1日でした。

君は良くも悪くも責任感が強いから、ぼくが外でパソコン仕事をすることで、すこし自分を責めているでしょう?
迷惑をかけてしまったとか、負担をかけてしまったとか、そんな風に思ってるでしょ。
ぼくは良くも悪くも責任感が弱いけど、君と優くんに対して負担をかけていたと感じているよ。

ぼくも君も働きやすい働きかたに変えただけです、きっかけは優くんだから、優くんに感謝しないとね。
二人ともブレーキのかからない仕事をしていたとおもうよ。で、死ぬ前に後悔しちゃうの。

さぁ、明日はGW初日です、動物園に行こう。
また書きます。

幡野広志 photo yukari hatano

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幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi