僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

君は、大丈夫ですか?|幡野広志 連載「ラブレター」第4回


もしあなたが今、余命3年と宣告されたら。残された時間の中で、何を思い、何を考え、どんな行動を起こしたいと思うだろうか。それがもし、愛する伴侶と、子どもを残して死を迎えることがわかったとしたらー?
余命3年の末期癌と宣告された写真家、幡野広志さん。この連載は、1歳の息子と妻をもつ35歳の一人の写真家による妻へのラブレターである。

予定は未定。

連載 コピーライト 幡野広志
先月のコラムはベトナムで書いたけれど、日本に帰国したらすぐに入院する予定だったので、今月のコラムは病室で書く予定だった。ところが帰国後すぐに下痢と嘔吐と発熱に襲われてしまった。「旅行者下痢症」という、アジアに滞在した人がよくかかるものだ。

見かけによらず僕は細菌にもストレスにもお腹が弱いので、海外に滞在するたびに罹る。健康なら数日で治るはずが、免疫力が落ちているせいで治るまでに3週間も要してしまった。おかげで入院のスケジュールがどんどん後ろにずれてしまい、今月のコラムは自宅で書いている。予定というものは未定だ。

忙しい自慢などしたくはないが、最近になってさらに日々が過ぎるのが早く感じる。先週は生放送に出演したけど、他にもテレビだけで既に3本の企画の打診がある。ウェブメディアの取材や講演会の依頼、執筆依頼なども多く寄せられている。

撮影依頼も少しながら来ているので、本来の力を発揮する機会を与えられていることが救いだ。

健康なときにこういう状況になりたかったものだけど、花火のように最後にパッと咲かせる人生もいいものだと楽しんでいる。幸か不幸か体調を崩していることで、周囲からチヤホヤされても天狗にならない。

高額な医療費を少額の負担で済んでいるのは、普段病院に行かない健康な人の健康保険料のおかげだ。そのことを忘れないようにしている。

ところが忙しく日々を過ごすと、忘れてはいけないことも忘れることもある。今まさに書いているこのコラムの締め切りを完全に忘れていた。そろそろ寝ようと思った矢先に締め切りを思い出し書いている。

「やばい、締め切りだった。ラブレター書くから先に寝てて」と妻に伝えると、「うん、無理しないでね」と妻に返された。どんな夫婦の会話だよ、と突っ込みながら深夜にラブレターを書いている。

君は大丈夫ですか?

連載 コピーライト 幡野広志
保育園に通い始めて1ヶ月が経ちましたが、保育園に行くときは別れるのが寂しいのか、優くんはやっぱり泣いてしまいますね。先生から保育園での様子を聞くと、すぐに泣き止んで遊ぶみたいだけど。ただ、夕方お迎えに行ったときに君を見つけてまた泣く姿をみると、優くんも頑張っているのだと実感します。

優くんは保育園で同じクラスの月齢の低い子よりもできることが多く、体も一番大きいです。一種の優位性のようなものに優くんも気づいたのか、最近は自我が目覚めてきましたね。

いわゆるイヤイヤ期なのでしょうが、なかなかの抵抗っぷりに少しばかりお互い手を焼いていますね。君は大丈夫ですか?

お風呂に入るのもイヤ、服を着替えるのもイヤ、保育園に行くのもイヤ。「イヤイヤ期はいつかは終わる」なんてアドバイスされますが、今この瞬間に終わって欲しいと思ってしまうのが本音だと思います。

こんな言葉は綺麗事なのは重々承知の上ですが、僕は優くんが順調に成長している証拠だと思います。とはいえ君もストレスを溜めるのはいけないので、保育園に預けているときは自分の時間を確保してください。

優くんが求める役割は、お母さんとお父さんでは違います。

心苦しいけれど、君の方が負担の比重が多いことは分かっています。だからあまり頑張らないで下さい。世間の良いお母さん像と、何よりも“世間の良い子像”に惑わされないで下さい。

完璧な子育てなんか目指さなくていいです、ゆっくりだけど、僕たちも優くんも成長しています。このままでいいんです。君がよく頑張っているのは、僕と優くんが一番知っています。

イヤイヤ期の優くんは何よりも僕たちから嫌われることがイヤなわけですから、いつものように笑顔でいましょう。ここはひとつ、お互い頑張りましょう。僕は優くんが自宅でどんなに泣き騒いでも気にしません。

君と優くんの誕生日が近づいてきましたね。

優くんは早いもので2歳。君は…あれっ?何歳だ?うっかり忘れてしまったので、「お母さんになって2歳」を祝うということにさせてください。プレゼント楽しみにしていて下さいね。もう考えています。

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi