僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

きみがスイカを美味しそうに食べていると|幡野広志 連載「ラブレター」第20回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ36歳の一人の写真家による、妻へのラブレターである。

息子がよろこぶ顔を想像しながら

コピーライト 幡野広志

美味しいスイカを食べさせたい。

さいきんスイカにはまっている。はまっているというのは、ぼくがスイカに挟まっているという意味ではなく、よく食べているという意味だ。

ぼくがスイカを食べているとなぜか息子がすごくよろこぶ。でも息子はまったく食べない、たまにぺろっとナメるぐらい。

岡山県瀬戸内市にある牛窓町の田舎道を走っていると、スイカの直売所があったのでおもわず寄ってみた。たくさんのスイカが並んでいる、今朝収穫してきたばかりらしい。

店員のおばちゃんにすすめられたのはゴロッとしたおおきなスイカだ、値段は1000円だった。東京で買ったら3倍か4倍はするんじゃないだろうか、でもおおきすぎる。これから新幹線で東京まで帰るのだから、もうすこし小さいものがいい。

おばちゃんにそう伝えると、サッカーボールぐらいのスイカをすすめられた、値段は700円。山積みにされた空ダンボールからちょうどいいサイズのダンボールを笑顔で探してくれた。

コピーライト 幡野広志

おばちゃんにお礼をつげて岡山駅までむかい、岡山駅のレンタカー屋さんでスーツケースとダンボールを東京まで運ぶということを気づいた。ダンボールは両手で持つものだ、でも片手にはスーツケースがある。ダンボールとスーツケースの相性はすこぶる悪い。

意を決してダンボールを捨て、裸のスイカを脇に抱えていくことにした。こっちの方が持ち運びの安定性は上がる、しかし耐久性が下がる。

新幹線乗り場まで左脇にスイカを抱え、右手にスーツケースをガラガラさせて歩いた。右脇にはカメラがある、どっからどうみても観光客だ。

岡山県はヤンキーがおおいので、スイカ狩りに遭わないか不安だ。鴨がネギを背負うように、病人がスイカを左脇に抱えているのだ。ラグビー選手のように守りながら行くしかない。

3〜4kgのスイカを脇に抱えて歩くことがこんなにも大変なことだとはおもわなかった。体力が落ちたということもあるけど、とにかくツラい。ラグビー選手の練習にいいのではないだろうか。

なんとか新幹線に乗り込むと、こんどはスイカの置き場に困る。網だなだとコロコロ転がっていってしまいそうだ。となりの空席にのせようかとおもったけど、このさき大阪と京都と名古屋に停車する。自分が座ろうとした席にスイカがあったらきっと嫌だろう。

すこし悩んで、足もとにスイカをおいて、転がらないように両足でホールドした。皇帝ペンギンのオスが卵を温めているみたいだ。2ヶ月間も卵を足もとで温める皇帝ペンギンにくらべればラクなものだし、なによりラグビースタイルよりもはるかにラクだ。

東京駅に着いたらまた、ラグビースタイルだ。そして東京駅は混んでいる、もしもスイカを東京駅で落として割ってしまったら、きっとネットニュースになるだろう。「東京駅にSUIKAが落ちてるw」みたいな。

すぐに犯人がぼくであることが特定されて、大炎上だ。スイカを抱えているのではなく、爆弾を抱えているようなものだ。とにかく慎重に行くしかない。

息子がよろこぶ顔を想像しながら、自分を励ましながら、途中2回休憩して中央線に乗りこみ皇帝ペンギンになって、八王子駅からはまたラグビースタイルで自宅に帰った。八王子はマイルドヤンキーがおおい、スイカ狩りに遭うリスクは岡山ほどではない。

帰宅して時計をみるともう23時だ、息子のイビキが聞こえる。スイカが割れないように、息子をおこさないように、そーっとソファにトライして、スイカを持って帰ってこれた自分を褒め讃えた。

お金の教育は、ぼくたちがすべきこと

コピーライト 幡野広志

優くん、やっぱりスイカ食べなかったね。

「ゆうくん、スイカきらい。」って自分でいってたよ。なんで自分が嫌いなものをぼくが食べていると、あんなにうれしそうなんだろうね。

保育園からのおたより帳には「お父さんがスイカと一緒に帰ってきた。うれしそうに教えてくれました。」って書いてあって、たしかに一週間ぶりに帰宅したからうれしそうだったし、はじめてみる玉のスイカに興奮していたけど、やっぱり食べようとはしないんだよね。

東京で売っているスイカは高いけど、あれは適正価格ということがよくわかりました。700円で買ったスイカはとても美味しかったけど、東京で3500円の値札がついていても適正な価格です。その差額は苦労と努力です。

商品の値段が安いことがいいことだとおもったり、原価だけを気にして、利益を出すことが悪いことのようにいう人がいるけど、生産だけじゃなくて、流通にも販売にもいろんな人が関わっているのだから、安いことが必ずしもいいことではありません。

たくさんの人が関わっているのに、ものを安く売ってしまったら、みんなの収入が下がるだけです。お金の教育って学校ではしてくれないから、ぼくたちが優くんに教えていくことです。自分の収入が下がることにはしっかりと怒るくせに、見知らぬ誰かの収入が下がることに無関心な大人ではいけないとぼくはおもいます。

新幹線でスイカを持って帰ることは、腕が筋肉痛になるのでもうしないとおもうけど、来週は北海道に行くので鮭を一本持って帰ってくるかもしれません。美味しいものを食べてほしいし、ぼくも美味しいものを食べたいんです。

きみがスイカを美味しそうに食べていると、なんだかぼくもうれしくなります。

また書きます。

コピーライト 幡野広志
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3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi