僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

ずっとそばにパパはいるよ。|幡野広志 連載「ラブレター」第23回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ36歳の一人の写真家による、妻へのラブレターである。

自分の歌で悲しんだとおもわせたくない。

コピーライト 幡野広志

ついさいきん、4歳の女の子と遊ぶ機会があった。
初対面のクマにも無邪気に話しかけて、手をつないでくれるような、クマ見知りしないかわいい子だった。

海の見える公園で女の子とふたりで遊んでいると、歌をうたってくれた。
女の子のママはすこし離れたところで、ぼくと女の子を見守ってる。

女の子がうたってくれた歌は、保育園で元気に大声でうたうようなものではなく、若い女性の歌手がうたう、あなたに会いたい系の歌だったような気がする。

「かなしくなっちゃうの。」うたいおえると、女の子はそういった。
「どうして?」とぼくが聞くと「パパのことを思い出しちゃうから。」と答えた。

女の子のパパは、女の子が2歳のときに病気で亡くなっている。
いまのぼくとあまり変わらない年齢で、そんなに変わらない病気で亡くなっている。
もちろんママから伝えられていたので、知らなかったわけじゃない。

それでも「パパのことを思い出しちゃうから。」というあまりにも正直な言葉に、ドキッとしてしまった。なんて言葉をかえしたらわからない、そんなときは相手の言葉を引き出して、肯定をしてあげるにかぎる。

「そうだよね、パパに会いたいよね。どんなパパだった?」
「優しかった」
「〇〇ちゃんになんていってたの?」
「ずっと〇〇のそばにいるよっていってた。」
「そうだね、ずっとそばにパパはいるね。」

涙をひっこめるのを地球の重力に手伝ってもらうために、空を眺めた。
涙が重力に負けるのか、人体の構造なのかわからないけど、ちいさい女の子のほうをむいていたら、涙が落ちてしまいそうだ。

泣くわけにはいかない、泣いていることを悟られるわけにもいかない。
自分の歌で悲しんだとおもわせたくない。

夏にみかけるような季節外れの雲が、夕日でオレンジ色に染まっている。
心を落ち着かさせるために、写真を撮る。一種の現実逃避なのかもしれない。

「パパはずっとそばにいる。」パパののこした言葉が女の子の支えの一つになっている。
ぼくにできることは、その言葉を肯定をしてあげることしかない。
すこしでも支えを補強するように、もしも否定の言葉がきたときに負けないように。

ママがすこし離れたところで女の子を見守ってるように、パパは女の子の心のなかで支えになっている。

“ 人は死んでも、誰かの心のなかで生きる。”
そんなことをぼくはいままでに何度かいわれた。

ぼくのことを慰めるためなのかもしれないけど、
具体性のない言葉にあまりピンとこなかったけど、4歳の女の子の正直な言葉で理解させられた。

人は死んでも、誰かの心の支えになることができるのだ。

たのしいことや優しいことのほうが

コピーライト 幡野広志
君とふたりで生活していた頃のことをぼくはあまり覚えていない。

結婚してから5年ぐらいはふたりでどこかに旅行にいったり、美味しいものを一緒にたくさん食べたりとたのしい日々だったはずなんだけど、優くんが生まれてからの日々に記憶が上書きされたようにも感じる。

記憶は日々上書きされて更新されるので、優くんが1歳の頃の誕生日の記憶よりも、今年の誕生日の記憶のほうが鮮明だ。
ぼくの記憶量がそもそもすくないということもあるけど、当然といえば当然だとおもう。写真を見返すと青春の頃の聴いていた音楽のように、いろいろなことを思い出す。

子どもの記憶だって、日々たのしいことで上書きされていく。
子どもだから忘れるわけではなく、それだけ人生が充実している証拠だ。

いまを生きていないおじさんほど、むかし悪かった自慢をしたり、過去の栄光という本人しかのめない酒でベロベロに酔いしれるものだ。

優くんと一緒にぼくのパソコンで写真を見返していると、結構ちいさい頃の記憶まであるものだ。大人になると幼児期の記憶が薄れるものだけど、3歳の優くんからすれば最近のことなんだとおもう。

日々の生活のなかでどんな思い出を残すか、これはとても大切なことなんだとおもう。子どもは大人になったときに忘れるかもしれないけど、子どもであるときはしっかり覚えている。

思い出は怖いことや不安なことよりも、たのしいことや優しいことのほうがやっぱりいいだろうとぼくはおもう。記憶が子どもの心を支えになり、守ることにもなる。

家族でどこかに旅行にいったことだけが、思い出ではないけど。
年末は北海道に三人で行きましょう。

また書きます。

コピーライト 幡野広志
優くんがかいた丸は、きっと。|幡野広志 連載「ラブレター」第22回

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3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi