僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

優くんがかいた丸は、きっと。|幡野広志 連載「ラブレター」第22回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ36歳の一人の写真家による、妻へのラブレターである。

バイキンマンが本当にいなくなったら

コピーライト 幡野広志

photo yukari hatano

「おとうさん、わるいことして。」と息子がぼくにいってくる。すこしだけ悪意をこめて妻のモノマネを鼻声で披露する、妻の目の前で。そうすると息子は「ママ、ないて。」と妻にいう。すこしだけ大げさに「えーん、えーーーん。」と妻は泣き真似をする。

つぎの瞬間に「コラーーー!!」と息子はぼくに怒ってくる。ぼくはごめんなさいと息子と妻に謝る。息子は満足そうに「ママ、やっつけたよ。」といい「優くん、ありがとう。」と妻は感謝をする。

ぼくはこれをアンパンマンごっこと呼んでいる。はじまると1時間ぐらい繰り返す。

賞賛をほしいがために消防士が放火をするような感じと似ているんだけど、ぼくにはこれがアンパンマンとバイキンマンの関係性に見えてくる。アンパンマンとバイキンマンはお互いにトドメを刺さない。どう考えても、トドメを刺すことができる状況でも刺さない。いつもあと一歩だ。

コピーライト 幡野広志

photo yukari hatano

ぼくがバイキンマンならまずジャムのいるパン工場を急襲する、アンパンを製造できなくすれば、あとは賞味期限が切れるのを待って、弱ったアンパンマンにトドメを刺せばいい。急襲する時期は梅雨がいい、カビも生えやすく、アンパンマンは雨にも弱い。
きっと保存料も使ってないだろうからすぐに悪くなる、楽勝だ。

ぼくがアンパンマンなら、アンパンチでバイキンマンを撃退したら、確実に逃げるさきはバイキンマンの城なのだ。バイキンマンの退路に食パンとカレーを配置する。敗走中のバイキンマンを追撃する、彼らでも充分勝てるだろう、楽勝だ。

敵の補給路や退路を断つというのは戦略において基本だとおもう、でも彼らはやらない。それはきっと全員の笑顔のためだと、ぼくは息子に怒られ感謝されてうれしそうな息子をみながらおもった。バイキンが本当にいなくなったらアンパンも困るのだ。バイキンが悪さをするからアンパンの存在が保たれる。

アンパンマンごっこは子どものうちに経験してほしい、これを大人になってリアルな人間関係でやってたらすこし大変だ。

そもそもぼくも妻も「コラーーー!!」なんて息子に怒鳴ったことは一度もない。
保育園で覚えたのか、YouTubeで覚えたのか、親が教えなくとも子どもは吸収をする。
息子に怒鳴らずとも、息子は怒鳴ることを覚えてくれて正直なところありがたい。
ちょっとわるいことなんて、どんな時代も親以外から教わるものだ。

「おとうさんと、ママと、ゆうくん!!」

コピーライト 幡野広志

photo yukari hatano

保育園で優くんが絵をかいて、もって帰ってきたね。いままでは塗り絵のようなものが多かったけど、保育園ではじめて何もかいていない紙に、自分の意思で絵をかいたのだとおもう。

おおきな丸が一つ、そのなかにすこしちいさい丸が一つ、もっとちいさい丸がバラけるようにいくつある。

優くんが絵をみせてきたときに、ぼくはてっきりアンパンマンの顔だとおもって「アンパンマンかいたの?」ときいたら、君が間髪入れずに「ちゃんと、何をかいたか聞きなよ。」とただしてくれて、そりゃそうだと優くんに聞くと「おとうさんと、ママと、ゆうくん!!」とうれしそうに教えてくれた。

おおきな丸が誰なのかぼくのような気もするけど、いろんなところに出かけてしまうお父さんを、ちいさい丸をバラけさせて表現したのかもしれない。おおきな丸は君で、すぐ近くにいるすこしちいさい丸が優くんで、バラけたちいさい丸がぼく。

ちいさい丸もおおきな丸からは出てはいなくて、たまにいないけどちゃんと帰ってくるというようにも感じる。そんな気がする。

子どもの絵って上手い下手という軸で考えれば、とても下手だ。
だけど、いいかわるいかという軸で考えると、とてもいいものです。
上手くかこうという気がなく、純粋に好きなものをかくので、ぼくはとても好きです。

絵をみるときに“上手い=すごい”みたいな軸だけで考えてしまうと、下手な絵をかく子は絵が嫌いになっちゃいそうだよね。好きなものを人目や評価を気にせずに、自由にかけるということが、どれだけ素晴らしいことか。これは大人がほしいものですよ。

もうすこしすれば優くんも人の目や評価を気にしたり、上手くかこうとしたりします。
○○をかきましょうみたいなお題の授業もあるだろうし。好きなものを友達からバカにされるかもしれない。

子どもの好きを大切にしてあげることも大切なことなんだよね。いまは家族が好きだから、あの絵をかいたんだよね。丸は家族をかいているようで、家族が好きという感情をかいているのだとおもいました。

とてもいい絵だとおもいました、最初にアンパンマンだとおもってしまったのは失敗だった、ごめん。

写真なんかもそうなんだけど、人ってわざわざ嫌いなものを撮らないんです。
君のスマホに保存された写真だって、きっと優くんだらけでしょ。それは優くんが好きだからですよ。

すこし成長すると子どもの写真って撮らなくなるとおもうの、たぶんそれが普通です。
優くんだってすこし成長すれば家族の絵ではなく、他の好きな絵をかくとおもうんです。
それは別に嫌いになったということじゃなくて、成長して視野が広がって好きなものも広がったということです。

また書きます。

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ぼくの憲法にしていること。|幡野広志 連載「ラブレター」第21回

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3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi