僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

ありがとう、宝物にするよ。|幡野広志「ラブレター」第44回

「これでいつでも海がみれるよ」

コピーライト 幡野広志

右折で入ることも出ることもできないけど、海を眺めるために作られたようなだだっ広い駐車場が鎌倉にある。インスタ映えするのか客層の平均年齢は若く、初心者マークをつけた車もよく止まっている。眩しくなるほど最高に青春スポットだ。

左折でしか入れないからあまりこないけど、この日はたまたま左折で入れるルートだったので立ち寄った。台風が近づいていたので海は荒れ気味で、潮位も高く浜は消えていた。

サーファーにとってはいい波なのか、ナンバーが1173の車が数台止まっていて、サーファーが何人も海に入っている、怖くないのか。今日の平均年齢はいつもよりちょっと高い。

息子と階段に腰掛けて海を眺める。荒れた海を見ながら息子に「どうして波ができるの?」と質問される。全くもってわからない。台風が近づくと波が高くなるのだ「たぶん風かなぁ、知らんけど。」と無責任だけどマウントしない謙虚さがうかがえ、それでいて当たっていれば手柄になる、関西人が発案した魔法の言葉「知らんけど」を発動した。

海から吹きつける潮にあたりたくないのだろう、妻は車で待っている。息子と二人で海を眺められることがしあわせだ。ぼくは海のことも息子のことも好きだからだ。好きな人と好きな景色を眺めているのだ、どう考えてもしあわせな時間だ。

好きを重ねれば重ねるほど、しあわせが跳満や倍満する。麻雀のことは知らんけど、とにかく跳ね上がる。一人が好きな人は、好きな場所に行くだけでしあわせだ。好きな場所で好きな音楽を聴きながら、好きな飲み物を飲むだけでいい、おすすめだ。

「お父さんは一人で海を眺めるのが好きだったけど、いまはみんなで海を眺めるのが好き」という話をした。でもお家から海が遠くてあんまりこれないんだよねと話すと、息子がチェキで海を撮影した。出てきたチェキをちいさな両手で温めている。

なぜかチェキやポラロイドをうちわのように振る人がいるけど、あれは何かの誤解だ。振ったところで写真が早く出てくることはない。気温が低いと写真が浮かび上がるのが遅くなるので、温めた方が正解だ。でも冬ぐらいの寒さじゃないと、温めるのもあまり関係ない。

ポラロイドは緊張するのだ。ポラロイドでOKなら本番のフィルムで撮影をするので、ポラロイドが出来上がるまでの1〜2分の時間は緊張感が高まる。両手で温めながら「上手く撮れてますように」と心の中で祈ったりする。

フィルム時代の古い話だけど、チェキは落ち着いて撮って、両手で温めましょう。と息子には教えた。祈りなさいなんてことはアホくさいので教えなかったけど、息子は目を閉じて両手で温めている。

写真が浮かび上がると「これでいつでも海がみれるよ」とチェキをプレゼントしてくれた。

息子が撮った海は水平が傾いたちょっぴり下手な写真だ。そして海の良さは風や音や匂いなど五感を刺激するからであって、視覚だけに頼った写真に海の良さはうつらない。教えたいことはたくさんある。でも息子は写真家を目指してるわけじゃない、どうでもいいことは教えなくていい。

チェキを温めているときに、息子はなにを考えていたんだろう。気になるけど心の中まで知ろうとするのは野暮だ。息子にはただ好きを重ねたような写真を撮ってほしくもある、知らんけど。息子は海を撮ったつもりかもしれないけど、写真にうつっているのは優しさだ。それにはいつか気づいてほしい。

ありがとう、宝物にするよ。

プレゼントって、たのしいよね

コピーライト 幡野広志

優くんとぼくの写真を撮ってくれてありがとう。家族で出かけるときに、全員が首からカメラぶら下げてるから、カメラ大好き家族みたいだよね。

ちょっと恥ずかしいけど、でも恥ずかしがってカメラをカバンにしまうと、今度は面倒くさがって写真を撮らなくなるのよ。そしてカバンが重くなって、家で大切に埃を積もらせて、いざ使いたいときはバッテリーが空で操作も忘れて、中古で高く売れるタイミングも逃すの。

写真を撮らないと、ちょっともったいないんだよね。写真ってわかりやすく簡単に思い出になるから。カメラってシャッターを押すだけで、一瞬ですごく簡単に宝物を作れるの。恥は一瞬で写真は一生だから、やっぱ撮ったほうがいいのよ。

優くんからチェキをプレゼントされたのは、うれしかったです。いいでしょ。よく子どもが保育園とかで似顔絵を描いてくれてプレゼントしてくれて、それが宝物になったりするけど、写真をプレゼントするのもいいよね。なによりお父さんにプレゼントするために、写真を撮るという行為がうれしかったです。

写真を撮ってプレゼントするのって、かなり大人びた行為なんだけど、保育園の先生にお手紙を書きたいってのとおなじなんだよね。ぼくはあまり物欲がなくて、お金を貯めてまでほしい物ってありません。そして本当にほしいものは貯金をせずにローンを組んで買ってしまうタイプです。金利よりも物欲が上回ります(隠しローンはありません、ご心配なく)。

物欲はないけど、プレゼントされたらうれしいものはたくさんあります。プレゼントってお金では買えない、誰かからの気持ちだからね。一輪の花でも一個のみかんでも、もちろん自分で買えるんだけど、貰ったらめちゃくちゃうれしいんだよね。

優くんもいろんなところでプレゼントをたくさん貰ってます。お友達からも保育園の先生からも、もちろんぼくたちからも。プレゼントに慣れてるから、サラッと写真を撮ってお父さんにプレゼントをしてくれたんだとおもいます。じゃなかったら5歳児が写真をプレゼントなんてしないわ、知らんけど。

優くんからもキミからもプレゼントがほしいので、ぼくもたくさんプレゼントします。別に見返りを求めているわけじゃないんだけど、プレゼントってされるとうれしいけど、する側はたのしくもあるんだよね。

また書きます。

コピーライト 幡野広志

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幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi