僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

「お父さんにあいたい」と言われて|幡野広志 連載「ラブレター」第19回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ36歳の一人の写真家による、妻へのラブレターである。

きっと、織田信長だって

コピーライト 幡野広志
「ロシアより愛をこめて」みたいなタイトルの映画があったような気がする。

遠くの国から愛をこめたり、世界の中心で愛をさけぶよりも、近所で落ち着いて愛情を伝えていたほうが、距離が近い分さけばなくてすむし、伝わりやすくていいような気がぼくはする。

いまロシアのウラジオストクという街を旅している。

ぼくは007みたいなシックスパックのエージェントではなく、ただのメタボリックのフォトグラファーだ。写真を撮っているだけなので銃撃戦に巻き込まれることはないけど、それでも旅にトラブルはつきものだ。トラブルを解決していくのが旅なのだ、きっとトラブルがまったくない映画は退屈だ。

人生だってトラブルがたくさんある、乗り越えたり逃げてみたり、たくさんの選択肢があるなかで解決していく、人生だって旅みたいなものだ。

海外にいるときに手紙のようなものを書くと、万が一のことが頭をよぎり、すこしおおげさになってしまいがちだから気をつけたい。万が一はやっぱり万が一であって、ぼくはいままでに帰国できなかったことも、旅先で死んだこともない。

万が一、旅先で死んじゃったらそれはそれで、決して悪くはないような気がする。ぼくは最後の死に方を気にするよりも、それまでの生き方を気にしたい。最後の死に方で故人を語るよりも、生き方で語るほうがその人にとってもいいんじゃないだろうか。

織田信長だって本能寺ばっかり注目されて、うんざりしているとおもうんです。

君も好きなことしてね。

コピーライト 幡野広志

「お父さんにあいたいっていってる。」というメッセージを読んでホームシックをぶりかえしました。ぼくは一人旅が好きだけど、旅先でホームシックになるすこしめんどうくさいタイプです。

独身のころから旅のトラブルは乗り越えてきたつもりだけど、お父さんになってホームシックを乗り越えるようになるとはおもいませんでした。大人になるといろんな物事のハードルって下がるように感じるけど、大人は大人なりにハードルが増えたりするんだよね。

ぼくが海外に行くことで君は心配をするかもしれないけど、イクラを食べたりタラバガニを食べたり、ぶあついステーキを食べたり日本では見慣れないビールを飲んだり、美しい街並みを眺めながらおいしいケーキやカフェラテをたのしんでました。

病人とはおもえないほどたのしんでいるので、心配しなくて大丈夫です。子育てを君に押し付けておいて、たのしんでいるので死んだ後がちょっと怖いです。

すこしでも罪ほろぼしをしようと、今日はお土産を買いに行きました。君にはサーモンとイクラとイカの塩辛みたいなものと鯖を2本かいました。優くんにはマトリョーシカと海軍の帽子を買いました。

ロシアのお金がすこしあまってしまったので、マトリョーシカのなかに入れておこうかとおもいます。優くんがいつかロシアにでも行くときにつかってくれればいいかな。

コピーライト 幡野広志
優くんを見ていて感じることだけど、好きなことができる健康体というのは素晴らしいことです。無限の体力をつかって、たのしいことや好きなことだけをしている。3歳児らしい人生を謳歌している、うらやましいぐらいたのしそうな人生だ。

健康な人と会話していると「ぼくだって今日の帰り道に交通事故にあって死ぬかもしれない。」みたいなことをいわれるんだけど。幡野さん命みじかめだけど、ぼくだってわかんないっスよね。みたいなニュアンスだとおもうんだけど、交通事故で死ぬリスクは病人だって一緒だよね。

なんで病人が交通事故で死なないとおもってるんだろ、病人だって病気以外で死ぬっつーの。

むしろ健康体でないぶん、事故を回避できないかもしれないし、もしも事故にあったときに健康な人よりも助からない可能性だってある。どう考えても病人の方が死のリスクは高いとおもう。

だから健康な人ほど好きなことをたくさんやってほしい。でももしも病気になっても夜になって眠れば、健康なころと変わらない朝がやってくる、健康なころと変わらない生活を心がけることだって大切だ。

ロシアに来ちゃったものだから、結局ちょっとおおげさなことを書いてしまったけど、ようは君も好きなことしてね。

また書きます。


ぼくときみが変わらないのは|幡野広志 連載「ラブレター」第18回

ぼくときみが変わらないのは|幡野広志 連載「ラブレター」第18回


3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回


◆幡野さんの新刊が発売中です。

『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』

要出典 幡野広志 ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。

子どもの頃って、どうしても選ぶことができないけど大人になったり、病気で人生が短くなってくると、じつはなんでも選べるし、選ばないといけないんですよね。生きにくさを感じている人に、生きやすさを感じてもらえることを願っています。(タイトルに寄せた幡野さんの言葉より)


幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi