不妊治療と養子縁組の泣き笑い日記「うんでも、うまずとも。」

【連載第41回 うんでも、うまずとも。】産声を聴きながら流産手術


妊娠はするものの流産や死産を繰り返す「不育症」。原因が分かれば治療法が分かる場合もあるが、検査するもまったく異常なし。そして現在まで、いつか奇跡的に出産までたどり着けることを信じて、ただひたすら子づくりに励む日々が続く。そんななかで見つけた、養子縁組という、もうひとつの“母になる方法”。そんな44歳の編集者&バンドマンによる不妊治療と養子縁組の泣き笑い日記。連載41回、5回目の、流産手術。

一刻も早くリセットしたい

吉田けい うんでも、うまずとも

西新宿Kクリニックで本当に心拍が止まっているかを再確認したのが午前中。
その午後、わたしはもう中目黒Iクリニックにいた。
流産手術の相談をするために。

そこでまた内診。
一日に2度も、静まりかえった自分の子宮の中を見た。

流産手術はその日から最短の日付、2019年6月5日に設定した。
善は急げ。悪も急げ。とにかく止まっていたら足元から崩れ落ちそうだった。

「とうとう7回も流産した」という負の記憶を、どうしても役割を果たせない子宮を、
手術を受けることで一掃してしまいたかった。
そうすれば、すべて無かったことにして、また前を向いて生きられると思ったから。

そして、人生5回目の流産手術当日。
手術の技術は6年前に初めて受けたときよりも進化していて
“掻き出す”のではなく“吸い出す”らしい。
前処置もなくて、とてもラク。もちろん全身麻酔。よかったよかった。

手術着に着替えて、呼ばれるまで病室のベッドで待つ。

呼ばれたら、看護師さんのうしろについて、手術室まで歩いていく。

見たことがある廊下、知ってるベンチ。
かつて何度か自然妊娠で流産して手術を受けた記憶。

手術室の隣には分娩室。
「今日ちょっと騒がしくてごめんなさい」と看護師さん。

どうやら隣は出産真っ只中らしい。

10畳ほどの手術室の中央に、ポツンと置かれた手術台。
「ここに上がるのも、もう3回目か」とベテラン気分で仰向けに寝る。

手術室には看護師さんとわたしのふたりだけ。
やたらと隣からの声が耳に届く。

腕を固定され、まずは点滴。
しかし、なかなか針が刺さらない。

右手の手首がだめ、右腕の肘もだめ……、ブスブスと刺し直した挙げ句、
「点滴、漏れやすいって言われたことあります?」と看護師さん。

ないよ! そんなん! さては下手くそだな? 人のせいにするなよ!
……とか思いながらも腕を差し出すしかないわたしの耳に
隣からの大声が聴こえてくる。

「そうそう! 上手! いま! がんばって! そうそうそうそう!」

あちらは上手なんだ。それはよかったね。

いつかその幸福な奇跡が

わたしの腕と看護師さんが、点滴の針を介して格闘している10分ほどのあいだ
隣では、見知らぬ女性が赤ちゃんを産もうと必死になっていた。

時折、女性の唸り声が聴こえる。

でも、不思議と羨ましさや妬ましさはなかった。
それどころか心のなかで「がんばれ! がんばれ!」と唱え続けていた。
無論、看護師ではなく隣の見知らぬ女性に。

「ふ……ギャーーーーーッ」

出てきた。生まれた。
よかったね、がんばったねぇ、お母さんも赤ちゃんも。

やっぱり不思議と素直に祝福モードになっていた。
……のだけど、バタバタと分娩室から手術室へ看護師さんが雪崩れ込んできた途端、
隣との格差を感じて惨めな気持ちになったよ、少しだけ。

でも、それも仕方ないや、とわたしの心はどうしたって平静だった。

例えば初めての手術のとき……、いや3回目の手術のときだって、
こんな状況、きっと耐えられなかった。

実に、わたしは強くなった。
いや、つらさや痛みを感じなくなるほど、または跳ね除けることができるほど
強くなったというよりは、考え方が変わったというべきか。

命が生まれ、育まれること。
それがいかに幸福な奇跡なのかを知ると、すべての出産を、生まれた命を、
等しく尊いと思える。

そんな風に達観した感じの自分を気味わりぃなと思ったりもしたけれど。

さぁ、いつでも手術しちゃってください。
わたしはここからまたスタートする。

酸素マスクが着けられて、「眠くなる薬が入ります」と言われて、
喉がヒリヒリすると思ったら、まぶたがピリピリと痙攣してきて……、
気付いたらまた、看護師さんの「セーノ!」の掛け声でベッドに移されるところだった。

続きは第42回にて。

写真のこと:祖母の法要のため滋賀県大津市の実家へ。22歳で上京するまでは、こんなクソ田舎に未練などないと思っていたけれど、たまに帰ると、自然がいっぱいで空気も清らかで、とっても気分がよくなる。クソとかダサとか言ってごめんなさいマイホームタウン。


【連載第40回 うんでも、うまずとも。】手術しないと先へ進めない

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【連載第39回 うんでも、うまずとも。】止まらないで、心臓!

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吉田けい

吉田けい

よしだ けい


1976年生まれ。編集者・バンドマン。2010年、6歳下の夫と婚前同棲をスタートして早々に、初めての妊娠&流産を経験。翌年に入籍するも、やっとの妊娠がすべて流産という結果に終わる。その後、自然妊娠に限界を感じ、40歳になる2016年に体外受精を開始。2018年11月、構成・編集を手がけた書籍『LGBTと家族のコトバ』(双葉社)を出版。