不妊治療と養子縁組の泣き笑い日記「うんでも、うまずとも。」

【連載第3回 うんでも、うまずとも。】 はじめての掻爬手術


妊娠はするものの流産や死産を繰り返す「不育症」。原因が分かれば治療法が分かる場合もあるが、検査するもまったく異常なし。そして現在まで、いつか奇跡的に出産までたどり着けることを信じて、ただひたすら子づくりに励む日々が続く。そんななかで見つけた、養子縁組という、もうひとつの“母になる方法”。そんな42歳の編集者&バンドマンによる不妊治療と養子縁組の泣き笑い日記。連載第3回は、初めての掻爬手術。

私は産婦人科待合室のバグ

吉田けい うんでも、うまずとも
成長が止まったまま子宮のなかに残ってしまった、赤ちゃんになるはずだったなにか。自然に出てくることもあるが、すべての組織が完全に出てこないままだと、次の妊娠の妨げになることもあるとのこと。

だったら“掻き出そう”というのが掻爬(そうは)手術である。

医師から手術の説明を受けた時、熊手のような器具で子宮の内側をゴリゴリと引っ掻く様子を想像して、思わずギャッと叫びそうになった。

しかし、もっと叫び出しそうになったのが、手術当日の待合室だ。少し前まで、検診のたびにワクワクしながら自分の番号が呼ばれるのを待っていた待合室。

今にも生まれそうなパンパンのお腹を抱えた妊婦。我が子の成長をモニターで確認する時間を、手を握り合って待つ夫婦。生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこして、今まさに退院しようとしている新米ママ。

私だけが、場違いな存在だった。エラーだった。バグだった。ひとりぼっちだった。

ポタタッと突然、涙が落ちた。そこで、ハッとした。

中森明菜『セカンド・ラブ』よろしく、流産も2度目なら、少しは上手に……いろいろ対処できると思っていた。正直言って、心は平静だった。待合室の様子を観察できるくらいには。でも、体は悲しんでいたのだ。思いがけず落ちてきた涙で気づいた。そうか、私の体は悲しんでいたのか。

気づいてからは、涙も体の震えも止まらない。待合室にいられなくなり、トイレの個室に駆け込んで、声を殺して泣いた。便座にうずくまり、ようやく落ち着いてきた頃、遠くで呼ばれる自分の番号を聞いた。

あっという間に空っぽだ

「こちらへどうぞ」と看護師に案内されたのは、こんなところに通路があったのか、という感じの裏動線。

大きなホテルやデパートの取材の時、広報担当に案内されるまま、こういうまさに“裏”って感じの通路をカメラマンと歩いたなぁ……などと考えながら、到着したのは、ベッドが2つ並んだ病室だった。

手術着に着替え、寂しいくらいに清潔なベッドに横たわっていると、そのうちにまた看護師が現れ、内診室に連れて行かれた。そこで、胎嚢が成長していないことを再確認したのち、“子宮頸管を広げる小さな棒”とかいうものを突っ込まれ、またベッドに戻された。

そして、次に呼ばれたら、もう手術室に直行だった。手術台に上がると、名前と生年月日を聞かれ、左腕に点滴の針をブスリと刺され、右手の人差し指は脈拍を測るクリップで挟まれ、両足を上げて固定され、酸素マスクを着けられ、「深呼吸してください」と声をかけられ……意識がなくなった。

気づいた時は、看護師さん数人による「セ〜ノッ」という掛け声とともに自分がストレッチャーに乗せられるところだった。とても視界が狭い。身長171cm、体重55kgとちょっとの私の体。デカくて重くてごめんなさい。でも謝れないまま、また意識がなくなった。

もう一度目を覚ましたら、病室だった。左腕にはブッスリと点滴の針が刺さったまんま。管を伝って、ブドウ糖だかなんだかの液体が私の体に容赦なく入ってきている。すごい、全身麻酔って、本当に眠っている間にすべてが終わるんだ。

そして、眠っている間に、子宮は空っぽになった。ものすごい喪失感だった。

起き上がれるようになってから、窓の外を見たら、ちょうど桜が満開だった。病院の周りは都内でも人気の花見スポット。ピンクの提灯と花見客も見えた。

花と人でひしめく景色を見ていると、自分がとてつもなく寂しく感じられた。

空っぽな子宮と心を抱えて、続きは第4回にて。

写真のこと:近所の公園で見つけた、名も知らぬ花。いや、本当は立派な名前があるんだろうけど。花は記憶を呼び起こす。見るたびに胸がギュッと痛くなる花もある。

【連載第4回 うんでも、うまずとも。】 にくいよ、マタニティマーク!

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【連載第2回 うんでも、うまずとも。】子づくり、ナメんじゃねえ!

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【連載第1回 うんでも、うまずとも。】私の流産カウンター

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吉田けい

吉田けい

よしだ けい


1976年生まれ。編集者・バンドマン。2010年、6歳下の夫と婚前同棲をスタートして早々に、初めての妊娠&流産を経験。翌年に入籍するも、やっとの妊娠がすべて流産という結果に終わる。その後、自然妊娠に限界を感じ、40歳になる2016年に体外受精を開始。2018年11月、構成・編集を手がけた書籍『LGBTと家族のコトバ』(双葉社)を出版。