2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、3歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。
いちばん好きな先生
4月になり息子が保育園で進級をした。いちばん最初はモモ組からはじまり、去年まではサクラ組だった。今年は何組なんだろう、どうやらピンク色でしばってクラス分けしているようだ。
ピンク色を想像してみると昨日に牛丼をつくったせいか、紅生姜しかあたまに浮かばない。そして一度紅生姜があたまに浮かんでしまうと、もうそれしか浮かばない。ピンクというよりも赤なんだけど、紅生姜組で成長をとげる息子を想像してしまう。ちなみに牛丼にオンザロックしたのは岩下の紅生姜だ。
モモ組に入園したころの息子はまだしゃべることもできなかった、保育園に通うことで親が教えるよりもはるかに多くの言葉を覚えた。言語が発達して息子の世界が広がった。
サクラ組に進級しても妻やぼくと離れたくなくて、息子は毎朝泣いていた。いまでは泣くことはなく「わだせんせい、いるかなぁ?」と息子がいちばん好きな先生に会いたくて登園するようになった。親以外の誰かを好きになるということは、これもやはり世界が広がることだ。
息子が好きな和田先生はモモ組でもサクラ組でも一緒の先生だったけど、残念ながら紅生姜組では一緒になれなかった。おなじ建物内にいて見かけることはあるけど、知らないお友達と遊ぶ和田先生をみて、なんだかちょっとだけ距離を感じるということを経験するのだろう。
そして息子もあたらしい先生や、あたらしいお友達との出会いを経験する。なんて春らしい経験なんだろう。
いままでいた人とすこし離れて、またあたらしい人とくっつくという繰り返しを息子はきっと大人になるまで経験する。大人になっても会社で部署が移動して同僚との距離感が変わったり、誰かと恋愛をするたびにこれを繰り返す。
親になっても子どもとくっついたり、離れたりするものだ。子どもには子どもの世界があり、子どもが心地よさを感じる人との距離がある。親の世界や親の心地いい距離に子どもをいさせるよりも、子どもは好きにやってほしい。好きな世界と距離を構築して自由にやってほしい。
サクラ組での最後の日に息子が似顔絵を描いて持って帰ってきた。紙にはひとりだけしか描いていない。ぐぬぬっ、お母さんだけ描いてきたよ。とドキリとしながらも冷静さを保っていたら「わだせんせいをかいたの」と教えてくれた。あぁ本当に和田先生のことが好きなんだ。
保育園に通ったことで息子の世界は広がった。世界がお母さんとお父さんだけでないということを知り、誰かを好きになるというとてもおおきな経験をした。保育園の友達たちと先生たちには感謝しかない。
きっといい先生をしているのだとおもう
優くんのあたらしいクラスが紅生姜組ではなく、チューリップ組だと君から教えてもらったけど、紅生姜だろうがチューリップだろうがニラだろうがぼくはなんでもいいんだ。なんだったら牛丼組でもいい。
チューリップ組で優くんはどんな成長をするのだろう。今年からあたらしく入園してきたお友達が5人いるそうだ、優くんにあたらしいお友達と遊んだ?と聞くと「うーーーん、まだちょっとはずかしいんじゃないかな。」とお友達が緊張しているといとを教えてくれました。
いまはちょっとそっとしておいています、みたいな対応を優くんなりにしているみたい。もしかしたらお友達はさみしくて泣いているのかもしれないし、優くんなりの距離感があるのかもしれない。自分がサクラ組で泣いているときに、そっとしておいてほしかったのかもしれない。
相手の感情を読み、その感情にあわせて対応するというのは人が集団生活で生きるうえで大切な技術だとおもう。保育園の先生やお友達との集団生活で子どもが学ぶことはたくさんある、親の知らないところで成長をしつづけているのだとおもいます。
君は優くんのお母さんであるけど保育園の先生でもあるから、誰かにすごくおおきな影響を与えていたり、誰かの心の支えになっているかもしれないよね。君が保育園でどんな先生っぷりをしているのか気になるけど、君のうけもつ園児が描いてくれた君の似顔絵をみるときっといい先生をしているのだとおもいます。
また書きます。
幡野広志
はたの・ひろし
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi