僕は癌になった。妻と子へのラブレター。

いまはそれがいいとおもっています|幡野広志「ラブレター」第30回


2017年末に余命3年の末期癌と宣告された写真家の幡野広志さん。この連載は、4歳の息子と妻をもつ37歳の一人の写真家による、妻へのラブレター。

不正解をして、学んでほしいこと

コピーライト 幡野広志

息子と一緒に踏み切りにつかまるとちょっとうれしい。

「どっちから電車がくるとおもう?」と息子に質問すると「あっち!」とか「もしかしたら、りょうほうじゃない?」と息子は緩急をつけて答えてくれる。

息子が「あっち!」と答えれば「お父さんも、あっちだとおもう。」と答える。息子がどんなに緩急をおりまぜた答えをしても、ぼくはいつも息子の答えをなぞるだけだ。

「あっち!」と息子が指さしたほうから電車がくれば、息子と一緒によろこんで、電車がちがうほうからくれば息子と一緒に残念がっている。

37歳児のぼくでも踏み切りで矢印信号をみればどっちから電車がくるのかわかる。でもぼくはまだ息子に、矢印信号で電車がどっちからくるのかわかることを教えていない。なので息子の勝率はだいたい半分以下なんだけど、いまはそれでいいとおもっている。

世の中を生きていると正解することなんて、だいたい半分以下だ。そうなってくると不正解を恐れずに答えを模索することが大切だし、それでいて不正解を残念がる気持ちも大切だ。挑戦をせずに人の不正解をバカにしたりよろこぶ人に魅力的な人はいない。

踏み切りでのやりとりと通して、不正解でもいいということを学んでもらって、自分の感情をお父さんに共感されることで安心感につながるかもしれない。

もちろんこれは考えかたの違いで、100%の勝率でお父さんが電車のくる方向を当てることで、お父さんはなんでも知っているすごい人っておもわせることだっていいのだろうし。矢印信号の真相を教えて、保育園や幼稚園でそれをお友達に教えてあげることだっていいことだ。

ぼくは子どものころに不正解を大人に怒られて、感情を理解されなかったことがとても苦しくて、生きにくさを感じていた。子どものころは不正解がとても怖かったので答えをだすことが苦手だったし、感情を表にだすことも苦手だった。それでまた怒られるという悪循環に陥っていた。

そういう経験からなのか、37歳児のいまでは物事をよく考えるようになったけど、結局は正解でも不正解もどっちでもいいやっておもうようになったし、自分の感情をおさえて人の感情を読みとるほうが楽だとおもってしまう。

いまがいいならいいじゃん、なんてことはまったくおもわない。大切なことは必要なときに、必要なことを与えることだ。

いま息子に必要なことは、電車がどっちからくるのか正解することよりも、自分の気持ちをお父さんに肯定される安心感だとおもう。いまはそれがいいとおもっている。

もしも願いがかなうなら

コピーライト 幡野広志

保育園で飾る七夕のお願いごとを君が優くんから聞いていて「シンカリオンになりたい」って即答する優くんを2週間ぐらい前にみていたんだけど、子どもらしくてすごくいいよね。

七夕の日にぼくは九州豪雨の被災地にいて、大雨にうたれて濁流を目にしていると、織姫と彦星におもいをふけることもなければ、七夕であることすら忘れていました。

川の水がひいた商店街には泥やガラスや流木がたくさんありました。街灯には泥だらけになった衣類や家具なんかが引っかかっていて、そのなかに街灯にもともと飾られていたであろう竹なのか笹なのかよくわらないけど、色鮮やかな短冊のついた七夕の飾りがありました。

「あっ、今日そういえば七夕だ」ってそこで気がついたんだけど、つい数日前にもこの街で「シンカリオンになりたい」とか「プリキュアになりたい」って願っていた子どもがきっといて、それを聞いて代筆した親がいたんだよね。

被災地でいわゆる衝撃的な光景をみても、案外あまり感傷的になることはないのだけど、それはもしかたら非日常の出来事すぎて、自分の生活と結びつかないから、被災地にいるのに実感がわかないという不思議な心理なのかもしれません。

だけど七夕の飾りみたいなものや、泥まみれになった子どものおもちゃなんか目にすると、急に自分の生活と結びついて胸が苦しくなります。

七夕が数日すぎたいま願いをかくとすれば、もしもその願いがかなうのならぼくは「みんなの来年の七夕のお願いが、かないますように」ってかくとおもいます。

もちろん優くんのお願いもかなうといいよね。子どもの願いがかかれた七夕とか絵馬とかって、戦隊ものやプリキュアになりたいとか、実現不可能なものだらけなんだけど、あれってつまりは「かっこいい人になりたい」とか「かわいい人になりたい」っていう意味なんだとおもうんです。

シンカリオンにはなれないよって正解を教えるよりも、優くんのお願いに共感してあげたほうがいいし、魅力的なかっこいい人になってほしいよね。

いまはそれがいいとおもっています。

また書きます。

コピーライト 幡野広志



自分にないものを、子どもに。|幡野広志「ラブレター」第29回

自分にないものを、子どもに。|幡野広志「ラブレター」第29回


3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回

3人で、いただきますをしよう|幡野広志 連載「ラブレター」第1回



幡野広志

幡野広志

はたの・ひろし

1983年生まれ。
写真家・猟師。妻と子(2歳)との3人暮らし。2018年1月、多発性骨髄腫という原因不明の血液の癌(ステージ3)が判明。10万人に5人の割合で発症する珍しい癌で、40歳未満での発症は非常に稀。現代の医療で治すことはできず、余命は3年と診断されている。 https://note.mu/hatanohiroshi